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先生、お付き合いをしましょう!
薄い板で仕切られただけの小部屋。デスクにどんっと胸を張ったような存在感を示すデスクトップのパソコン画面には血液検査の結果が映し出されている。
しかめっ面の医師に反して、夕映は顔を真っ赤に染めながら「荻乃先生、私と付き合って下さい!」と大きな声で叫んだ。
「あー、データよくないね。薬また飲んでないでしょ」
内分泌科内科医である荻乃旭はまるでなにも聞こえていないかのように話を進めた。旭の後ろに立つ30代半ばと見える看護師もクスリと笑うばかりでその場には誰も真剣に夕映の愛の告白に耳を傾けるものなどいなかった。
夕映が甲状腺機能亢進症、いわゆるバセドウ病だと診断されたのは高校3年生の春だった。
朝が苦手で早起きが嫌い。体育の成績は昔からからきしダメで、少し動けばすぐに息が切れる。だから低血圧で目覚めが悪いことも、階段の昇降でやけに胸の動悸が起こるのも病気が原因だなんて微塵も思わなかった。
運のいいことに、夕映の病気はたまたま救急外来に受診したことがきっかけで発見された。夜間に風邪をこじらせて発熱したのだ。土日の休みで安静にしていればきっと治る。そう思って金曜日の学校帰りに最寄りのクリニックに寄るのはやめたのだった。
すぐに治ると油断していた風邪は、悪さをするかのように喉に突き刺すような痛みを与え、食欲を奪った。
どうにもこうにもまともに動けなくなり、やむを得ず、救急外来へ受診した。そこで感冒症状に効く薬を処方してもらったのだが、「首元腫れてるね」と医師がまじまじと夕映の首元を覗き込むようにして顔を近付けた。
風邪をひいて喉を痛めてるんだから、腫れるのは当たり前でしょ! そう心の中で叫ぶ夕映だったが、いくら喉が腫れようとも外側から見てわかるほど腫れるわけはなく、医師は喉ではなく首元と言ったのだ。
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