王道襲来

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はぁぁぁぁぁ……………。 開幕冒頭早々にため息がもれるのも致し方ない。なんで王道系主人公というのはこうも不潔な格好なんだ。そして人類みな友思考。別に人間第一印象が全てなんてことを言うつもりはないがせめて、せめてもう少し清潔感を大事にしてもいいんじゃあないか。見てるだけで気持ち悪いぞ。 「なぁ、黙ってないで名前教えろよ!なんだ照れてんのか?」 あぁぁうるさい。暑苦しい鬱陶しいむさ苦しい。僕はあんたに名前なんて絶対に教えないぞ。今のぼくとお前がどれだけ注目を浴びているか分かるか?少し周りを見ろ。飯を食うための食堂なのにだーれも食が進んでない。やめろ、こっちを見るなそしてカメラを構えるな…! 「はやく教えろよ!流石に意地が悪いぞ!おーい、聞こえてるだろー?!」 うぅ、なんでぼくがこんな王道イベントに巻き込まれているんだ。大体これは生徒会の仕事(シナリオ)だろ?転校生が来たって話を聞いてからぜっったいぼくは関わらないぞと強く決意したばかりだというのに、なぜ見つかった。そしてなぜぼくに興味を持つんだ王道。ぼくは生憎あんたみたいな汚物を愛せる広い懐も変な性癖も持ち合わせてないぞ。 「なぁー!なんでずっと無視するんだ!オレは名前を聞いてるんだぞ?あ、分かった!!お前、自分の名前が嫌いなのか!だから答えたくないんだな!」 もういい氏ね。うるさい。ごみくそくずちり。 至極残念だが今日の限定A定炊き込みごはんは諦めるしかないか……。これだけを楽しみに昨日から生きてきたっていうのに、本当に残念だ。そして諸の原因の王道マリモ、お前は氏ね。 まだぎゃあぎゃあと騒ぐ王道をなるべく視界に入れないように席を立ち、不格好に見えない程度の最高速度で出入口に向かって歩く。 あと、あと10m、あと8、6… 「っおい!!話を聞けよ!!どこ行くんだよ!!!」 ─……氏ね。まじで氏ね。距離が近いそしてその無駄にテカって気色悪い髪が今俺の右頬に触れたんだがまじで氏ね。腕を掴むな力を入れるな距離を縮めるな…!まじで氏ね…!!! 「─…すみません。ぼくはあなたとお話することはできません。なので離して下さい」 「嫌だ!!なんで話せないんだ!人間はみんな好きに話していいんだぞ!!」 「だから好きじゃないからです。距離が近いです離れてください」 「まだ照れてんのか?!お前、名前は知られたくないんだよな!なら言わなくていいぞ!その代わりオレが渾名を付けてやる!!」 「要らないですてか耳元でしゃべんなキモイ離れろ」 「照れなくていいって!!そうだなぁ、お前綺麗な顔だから、ジュリエットなんてどうだ!まさに悲劇のヒロインってかんじだろ!!」 ヒロイン……?…悲劇の……? ──…やばい、そろそろまじで殺りたいかもしれない でもこんな人目しかない昼時の食堂でなんかことを起こせば絶対に後々面倒な人が…… って、なんだ?急に後ろから風が… まさか、この昼時が過ぎようとした時間に食堂に来る人なんてあの集団しか居ないはず…… 「──…ゆら。誰だそいつは。なんで触られている?」 あ………、やっっばい…。 「…ゆら。昨年俺が言ったこと、もう忘れたか?」 「わす、れて…ないで、す…」 「言ってみろ」 「……『俺以外の人間に、または俺が許可した以外の人間に触れる、触れさせることは許さない…。』」 「それだけか?」 「……『もし、この約束を破れば。お前には首輪でも付けて俺の目の届く範囲に置いておくとしよう』」 「おう。正解。一言一句どころか、間のとり方さえ正確に覚えてるじゃねえか。なら、お前がすべきことは、分かってるだろ」 そうだった。この人はこういう人だ。周りに人が居ることも、そのことを気にしているぼくのことも気にかけず堂々と、酷く楽しそうにぼくを辱める。 ああ、失敗した。呑気に炊き込みごはんに浮かれてるんじゃなかった。転校生が来た初日の食堂なんて、まさにスキャンダルネタの宝庫だよな。なんでよりにもよって今日来たんだ。炊き込みごはんが好きだからだよ。食べたかったんだよ。 ってそうじゃない、今は現実逃避してる場合でもないだろ。しっかりしろぼく。周りの目なんか気にするな、自身の羞恥心なんて捨てちまえ。ぼくがやるべきことは、悔しいことにひとつしかない。 いとも容易くぼくの身体を王道から引き離し、自身の腕の中に収めた男の顔を恐る恐る見上げ、その深い、深い青が心底愉しそうに弧をつくる前に、誤魔化すように男の唇に噛み付いた。 甘えるように、許しを乞うかのように下唇を軽く吸っていれば喉の奥でクックと低く笑う男の声が更にぼくの羞恥を煽る。まるで石を投げた後の水面のように、さっきまでの喧騒が嘘のように静まりかえった空間に、あぁ、人に見られているのだと自覚する。 そんなぼくの心境を悟ったこの男は更にぼくを辱めようと、顎に手をかけそのまま舌を捩じ込んでくる。 なんて酷い男だ、と思ったのは、これで何回目だろうか。いつもいつもこの男は、ぼくが1番嫌がることをして、それ以上の快楽をもって弄ぶ。現に今のぼくは、食堂の空気も王道の存在すら気にならず、ただこの男のキスに応えることだけ考えている。 ちぅ、と下唇を噛まれ、刺激を痛みと感じる前に優しく吸われ、背中に走ったこの感覚を素直に気持ちいと認めるほどぼくは簡単じゃないし、思わず肩を竦めた僕を見てにやっと笑う男ほど酷い人間はいない。 「─今日もとびきり可愛いな、ゆら。」 最後、唇を触れ合わせたままそんな甘苦を呟くものだから、長い口づけに整わない呼吸をそのまま、男の肩に預けた。 「──…お、おまえ!そういうのこ、公然わいせつっていうんだぞ!!!そいつがかわいそうだ!!!」 あぁ、忘れてた。王道。
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