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「…転校生だったか。あまり騒ぐな、場所を弁えろ。人が多いところで騒ぐのは下品だと思わねえのか」
「それお前が言えたことかよ!こ、こんな場所であああ、あんなキ、キス、とかしてっ!!」
「なんだ、俺のものを俺がどう扱おうが勝手だろ?それに、俺のものに許可なく触れたお前も、俺は許しちゃいないんだが」
「なんでそいつに触るだけで許可得なきゃいけないんだよ!意味分かんねぇよ!!」
「こいつは俺のものだ。そして、そういう約束をしているからだ」
片腕をぼくの腰に回し、もう片方で頭を撫でてくる男。名を、"高峯泉"。ぼくとの関係性としては、ビジネスパートナー兼、飼い主とペット、みたいな…。
簡単に言えば、何様俺様絶倫野郎で、こういった公共の場でも平然と過度なスキンシップを要求するド変態。この腐った学園の生徒会長なんて職に就いてはいるが、副会長さん曰く週に3日は無断欠勤の、ただの客寄せパンダらしい。顔だけは無駄に良いからな。
「バ会長、あなた一々行動が目に毒なんですよ。場所を弁えるのはあなたです。冬木くんを離しなさい。冬木くんも早くその汚らしいものから離れなさい」
「黙れよ副会長。こいつに何言っても、俺の言うこと以外聞かねぇぞ?まあそうさせてんのも俺だが」
「やっぱり危険です。会計、庶務、冬木くんをあの魔の手から救い出してください」
「「らじゃー!」」
ぼくが肩に顔を埋めているせいで喋らないのをいいことに好き勝手ほざく泉さんの脇腹を軽く殴る。ぼくとしては「離せ、」という意思表示だったのだが、どう受け取ったのか泉はぼくの両脇に手を差し込み、持ち上げて、そのまま"だっこ"の状態に、…って、
「──!下ろして、泉さん…!」
「ん?どうした?」
「さすがに、この格好は、趣味悪いよ…」
「まだ恥ずかしがってんのかよ。いいじゃねえか、全校生徒にこいつは俺のだって知らしめるいい機会だ」
「だからと言って、こんなだっこみたいな抱え方しなくても…!」
「あーあーうるせえ。それ以上騒ぐなら口、塞ぐぞ」
泉の言葉に大袈裟なほど眉を寄せ、ミッフィー状態となったぼくはせめてもの照れ隠しに泉の首に両手を回し、さっきと同じところに顔を埋めた。
そのうちにも泉は追ってくる庶務の双子と、あんぐりと口を開けたまま動かない生徒の間を潜って校舎の一般生徒立ち入り禁止区域、中央塔の扉へとまっすぐ進む。
この男はいつもそうだが、自分が生徒会長だからってぼくが一般生徒であることを忘れているのではないだろうか。たとえ個人的な関係があったとしても、あの塔はぼくみたいな生徒が行っていい場所じゃないと思うんだが。
そんな抗議も今まで受け入れられたことは1度もなく、いつも通り塔の内部に入り、そのまま生徒会室を通り生徒会長のみが入室できるプライベートルームに投げ入れられる。
「ちょっとだけ寝てろ。今のうちに仕事片してくる」
「…はぁい。お仕事がんばって」
「おう。一瞬で終わらしてやる」
内心言いたいことは山ほどあるが、ぶつけるときは今じゃない。さすがの泉さんもあのマリモの煩さが耳に残っているらしく、ぼくじゃないと気づかない程度だがちょっと機嫌が宜しくない。
ちゃっかりぼくを投げたベッドに乗り上がり、額にキスを落としたあと、肩までタオルケットを掛けてくれてから、しっかりと部屋を施錠して生徒会室へと戻っていく。
関係を持った最初の頃は、それまで全校生徒の前で生徒会役員として注目を浴びている俺様な泉さんしか知らなかったため、この甘々な雰囲気にギャップを感じたものだけど、今となっては「逃げようなんて思うなよ」、という独特な圧のかけ方のようにも感じてしまう。
しばらくベッドの上でごろごろした後、そう言えばさっきご飯食べ損ねたんだった、と空腹を知らせる腹に気づく。生徒会の給湯室はかなり設備もいいものが揃っており、副会長さんの趣味らしいが小洒落た外国のお菓子だったり紅茶だったり、色々揃っている。思い出してしまったことには仕方ない、と開きなおり、プライベートルームを抜け出し生徒会室を覗く。
「─…あれ、泉さん、居ない…?」
「んあ、ゆらくんじゃん。会長に連れられてったけど、プラベルームに居たんだ」
「こんにちは、会計さん。ところで泉さんは?」
「会長は今緊急で会議入っちゃってねえ。あと30分もすれば終わって戻ると思うけど、急ぎ?」
「ううん、大丈夫です。ちょっと、お腹が空いたなって思って…」
「ああ、お昼なんも食べれなかったもんねえ。給湯室行こっか。先週仕入れ届いたばっかだから、色々あるよ」
ありがとうございます、と嬉しさそのままに言えばふわっと綺麗に笑いどういたしまして、と返してくれる。ここに居たのが会計さんで良かった。いつも泉さんに振り回されているぼくをなにかと助けてくれたり、心配してくれる優しい人だ。金髪ウルフにかなりの数空いたピアスがチャラい雰囲気を醸し出して、生徒からはチャラ男だったり無節操なんていうイメージを持たれているみたいだが、実際は世話焼きのイケメンお兄さんなんて、モテるだろなぁ。
「なにがいー?そこの棚に食べ物入ってるから、好きに漁っていいよ。ゆらくんコーヒーと紅茶どっち派?」
「ありがとうございます、紅茶がいいです」
「りょーかい。ちょっとだけ待っててね」
ぼくがお洒落な棚の戸を開けしばらくごそごそと漁った後、見つけたクロワッサンを手にするまでの間に会計さんはポットにお湯を沸かし、茶葉とコーヒー豆が雑多に並べられた棚を漁っていた。
やっぱりこの人はチャラ男なんかじゃない、と再認識せざるを得ない。優しい、繊細な指が動き手際よくカップを準備する様は美しく、その器用さがかっこいい。
「─なぁに、ゆらくん。そんなに見られっと照れんだけど」
「あ、…いえ。器用で、かっこいいな、と…」
「なにそれ嬉しい。こう見えても、結構紅茶とか詳しかったりするんだよ、俺」
「うん。すごい、慣れてるっていうか、流れ作業だけで様になりますね」
「ありがとー。生徒会のみんなも、最初は美味しいとか、ありがとーとか言って飲んでくれてたのに、最近お茶いれてあげても誰も感謝してくれねーんだよね」
「それは、ちょっと酷いですね…。泉さんに関しては、あの人だから、っていうのもありますけど」
「確かに会長はねー…。仕事は出来るしめっちゃ早いし、すげぇなとは思うけど、その分人間性欠けてるとこあるもんね」
「あはは…。ほんとはそういうの、ぼくが補うべきなんだろうけど、なんかいろいろ、すみません…」
会計さんと交わす緩いテンポでのんびりな会話は心地いい。さっきまでは空腹が気になって仕方なかったのに、今はゆるゆると眠気がせまってくる。良い意味で力が抜けるのだ、会計さんの傍は。まあ、ほかの男と2人きりの空間でこんなにのんびりしているところを泉さんに見つかれば、お説教じゃ済まなくなりそうだけど。
「─はい、完成。会長帰ってくる前に、部屋帰んな。カップとそのクロワッサン、持ってっていいよ」
「重ね重ね、ありがとうございます。会計さんも、お仕事がんばってください」
「うん。ゆらくんも、多分帰ってきた会長、機嫌悪いと思うから、色々がんばって」
「ああ…がんばります」
互いにはにかんでばいばい、と手を振り、ぼくはプライベートルーム、会計さんは専用デスクへと帰っていく。たまーに平日、生徒会室に連れ込まれたときにエンカウントするぐらいの関係しかないが、会計さんはけっこう好きだ。おしゃべり楽しかった、と眠気に閉じそうな目を擦り、淹れてもらった紅茶を味わう。
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