王道襲来

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想像通りというか、洒落たデザインの小柄なティーカップから香る匂いにつられるまま朱色のそれを口に含むと、爽やかな軽い味わいのなかにほんのりとある優しい甘みが美味しい。 流れで貰ってきたクロワッサンの封を開け、紅茶と一緒に口に運ぶ。こちらも香ばしさと甘みが丁度良く、美味しい。いつもは凛々しいイメージの生徒会だが、さっき行った給湯室は甘味が多かったし、クロワッサンも紅茶も甘めのものだし、意外と甘党が多いのかもな…。 「──なんだ、うちの奴らに餌付けでもされたか?美味そうに食いやがって」 「泉さん。おかえりなさい。お仕事終わり?」 「一段落、ってとこだな。どいつもこいつも、俺が生徒会室に顔出した瞬間に我先にと厄介な案件ばかり持ってくる」 「泉さんがいつも後回しにするからでしょ。回ってきたツケだね」 「うるせ。あぁ、頭の悪い奴らと仕事してっと、脳がお前を求めてしかたない。お前の噛みつきに溺れんのは、タチが悪いな」 「ぼくだって、仕事してるときはいつも泉さんならどうするかなって考えてやってるし、お互い様じゃない?」 「なに、いい事を聞いた。仕事のときまで俺のことを考えてるなんて、可愛いな」 「そこはちゃんと集中しろ、って怒るとこでしょ、ふつう」 いつの間にか帰ってきていた泉さんのハグを受け入れ、ぽつぽつと言葉を交わし、小さく笑いあってからキスをする。ぼくから舌を絡めてあげれば、満足したように目を細め髪を梳かれる。機嫌が悪い、というより疲れたって感じだな。いつもの2割増しで抱きしめる力が強い。 「例の転校生だが、なるべく関わるな。ただの能無しゴミなら良かったが、意外とそうじゃないらしい。あれは仮面だ。迂闊に触れるなよ。」 「ああ、王道ね。なんで変装にあんな汚い格好選ぶんだろうね。」 「王道?…ゆら、その情報はどこから?」 「クラスメイトの腐男子くん。王道学園の転校生といえば、モジャモジャ頭に瓶底メガネがテンプレらしいよ」 「そしてその仮面の下は腹の奥までどす黒い理事長の甥。難儀どころか、めんどくさいな」 「何のために学園に、…って聞くのは野暮か。なんだろうね、目的」 「初日に堂々と絡んでっからお前関連じゃねえとは思うが…まあ、油断すんなよ」 「うん。今は色々大事な時期だからね。横槍は事前に潰したいな」 「しばらくは様子見、だな」 どうやら泉さんは、あの転校生のことで頭を使っているみたいだ。ぼくと泉さんは今、4ヶ月ほど前に合同で立ち上げた新規プロジェクトの足場固めでなにかと多忙。高峯財閥の名も借りているため、界隈の注目度も半端じゃない。そんな大事な今、余計な面倒を運んでくるような奴は、例え羽虫程度でも、全て潰しておきたい。 授業中に席隣のクラスメイトから永遠と聞かされた王道転校生のルートは、今回王道がぼくに絡んだことと、最初から生徒会長という大玉がぼくにベタ惚れなことで見事に崩れ去っている。あの後の食堂で、多少生徒会役員と王道の間で会話はあったそうだが、王道の半径3メートル居ないに近付いた人はいない、らしい。(先程から腐男子くんからのメッセージが止まない)今のところ王道通りといえば、あの変装擬態と1-Sの一匹狼、サッカー部系爽やか、ホスト系担任が惚れ込んだことぐらい。これは非王道ルートまっしぐらでは?とひっきりなしにディスプレイに表示されるメッセージをチラ見していたら、泉さんに携帯の電源を切られた。 「……クラスでの交友関係にまで口を出すつもりはないが、大丈夫か?」 「うーん、その腐男子くんはぼくと泉さんをネタに色々創作に手を出してるみたいだけど、腐男子の情報網って色々凄いから、互いに情報提供で成り立ってるし、まあ大丈夫じゃない?」 「……お前って、関わり無いときは聖人君子みたいな印象だった気がするんだが、実際はとことん他人に興味ないだけだよな」 まあ確かに、泉さんの独占欲が酷すぎるのもあるっちゃあるけど、それでも同学年の友達は片手で数えられる程度しか居ない。人生一度の高校生活、これでいいのかと思わなくもないが、泉さんの機嫌を考えればぼくの人間関係はこれくらいが1番平和に落ち着く気がする。友達が少ないからといって不便しているわけでもないし。 ただ、今いる友達というのも、なかなかメンツが濃すぎて少々どころじゃなく問題は大アリなんだけど…。 「まあ他人への無関心さでいったらぼくより泉さんでしょ。っていうか、ぼくに対してだけあからさますぎるのもあるだろうけど」 「なにを言う。俺はちゃんと全校生徒全員の顔と名前、所属委員会や部活動も分かるぞ」 「それは生徒会長だから、でしょ。会計さんがいい例じゃない?良くも悪くも、みんな平等ってかんじの」 「あいつは確かに、八方美人というか。そう言われると俺は態度が悪いかもな」 「まあ泉さんが誰にでも笑うようになったらぼくが嫉妬で狂いそうだから、今のままで全然良いけど。」 「ははは、安心しろ。俺は子どもじみた恋愛の駆け引きなんてのは嫌いだからな。お前が嫉妬に狂う未来は来ないぞ。嫌っていうまで、嫌って言っても愛し尽くしてやる」 「怖い怖い。そういうことを平気で言うから、腐連盟に病みCPなんて言われるんだよ」 「腐連盟…。お前、いつの間にそんな情報通になってんだ?非公式団体なんかの情報は、俺より持ってるだろ」 「ふふ。ぼくだって商人(あきんど)だからね。サロン経営なんてしてると、自然と情報は入ってくるもんだよ。」 ぼくが一昨年立ち上げたオンラインサロンは、初期はデザイン系特化の団体で企業依頼ばかり受けていたが、昨年に名が売れた時期があって会員が増えたこともあり、サロン総動員でアミューズメントパークを設立したのだ。それが意外と反響を呼んで、開設三年目にして40万人越えの各分野のプロを大量に抱えた超大型サロンとなったのだ。
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