本番当日、そして

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 放送後の事務室にて、俺はヒナの『愛妻弁当』をあっという間に完食した。三色ご飯だけでなく、おかずもめちゃくちゃうまかった。ヒナは料理上手だけど、間違いなくこれが歴代一位だ。  ヒナが料理男子になったのは、俺と同棲するようになってから。向こうにいる時も弁当を作ってくれたけど、弁当が復活したのはつい最近のこと。ラジオがきっかけで県のテレビ局やイベント会場からも声がかかって、少しずつ仕事が増えてきたところだ。  ずっとやりたかったナレーションや、イベントの司会進行ができるようになったのは、ヒナが支えてくれたおかげなのかもしれない。 「マイヤ、先週よりすげぇことになってだど!」 「そうみたいですね。だいぶ恥ずかしいっすけど……」  重田さんにまたノートパソコンを押し付けられかけて、俺は慌ててスマホを取り出した。  SNSでもメールでも『結婚おめでとう!』の文字は消え、代わりに様々な感想が寄せられていた。『お惚気ごちそうさまです!』『いいなあ、私も食べたい!』『恋人さんを大事にしろよ!』などなど。中には弁当を作る側の人かな、『美味しそうに食べている姿に、嬉しくなりました』という感想を送ってくれた人もいる。 「愛妻弁当のコーナーは、継続決定だな!」  重田さんは大きな声で笑いながら、俺の肩を何度も叩いてくる。これには俺も頷くしかない。  さすがにSNSのトレンドには載らなかったけど、正直、こんなに反響がでかいとは思わなかった。でも美味しそうな料理は、いつだって人の心を癒してくれる。それに、作り手が愛してやまない人なら尚更だ。  俺は一通のメールから目を離せずにいた。毎日弁当を持って出勤する旦那さんからのメッセージだ。弁当を作ってくれる奥さんにはお礼も味の感想も言わなかったけれど、俺の取り乱した様子を聞いて『ありがとう』を言う決心がついた、と書かれていた。  思わず、自分達と重ね合わせてしまう。「うまかった!」は言うけれど、面と向かって「ありがとう、大好きだよ」と言ったことはない。それどころか俺は、交際していることを隠そうとした。男同士のカップルだから、っていう理由だけで。  カミングアウトするとヒナの周囲に影響するから、って言いながら実際は、自分のことばかり考えていた。大して売れてもいないくせに、影響なんか気にして。  ヒナは出逢った時からずっと、何も隠さない人だった。人目を気にして隠し続けたのは、俺だけだったんだ。 ―― 「さて、今週もそろそろお時間ですが最後に、皆さんに伝えたいことがあります」  一週間後、生放送が終わる三分前。俺は予定にないことを話すため、わざと早めに調整した。これにはスタッフ一同困惑している。でも、どうしても話さなきゃならない。皆のためにも、ヒナのためにも。 「俺の恋人は女性ではなく、男性です。俺は昔からずっと、ゲイでした」  スタッフも、SNS上のリスナーも、絶句している。俺はきっぱりと、言葉を続けた。 「否定的な意見も出ることは覚悟の上です。でも、今回の騒動の中で思い知ったんです。もう隠すことはしたくない。応援してくれたリスナーの皆さんやスタッフの皆さん、そして、こんな俺を好きだと言ってくれた、大好きな恋人のために。皆さんを騙すような真似をして、本当に、申し訳ありませんでした」  頭を下げる。誰からの反応も見えない中、マイクに向かって締めの言葉を絞り出した。 「それではまた、どこかでお会いしましょう。お相手は、生方舞也でした」  エンディングテーマが終わり、静かになる。と思ったら、ラジオブースの扉が勢い良く開き、俺は文字通り飛び上がった。 「お()、何勝手に最終回にしてだんだ! 来週もやるに決まってんべ⁉」  重田さん達に詰め寄られ、俺は呆然とする。いやいや、これどう見ても降板する流れじゃないの? 「えっ、で、でも俺、これ以上続けるなんて……」 「馬鹿だなぁ、それっくらいで降ろす訳ねぇべ、えるじーびーてぃーだっけ? そんた人ならいっぺいるって!」  頭を掴まれ、ノートパソコンの前に突き出される。画面には『そんなこと気にすんな!』『俺もゲイです!』『辞めないで!』といった呟きが高速で動いていた。 「重田さん! 来週の予定、SNSさ流しときました!」  SNS担当スタッフの声と共に、『来週もやります! マイヤは絶対辞めさせません!』という呟きが乗る。その瞬間、リスナー達の歓喜の声が滝のように流れた。  俺はその場に崩れ落ちる。その時、スマホが懐の中で震えた。電話、しかも相手はヒナだ。 『マイヤ、大丈夫? 生きてる?』 「まぁ、なんとか」  スマホの向こうのヒナは、ふふっと笑う。 『ありがとう、正直に話してくれて。これからは堂々と、外でいちゃつけるね』  堂々と、はちょっと困るな。そう返すと、ヒナは『じゃあ、また後でね』と笑い、通話を切った。 ――  次週、『DJマイヤの雑談室』は何事もなかったかのように再開し、『愛妻弁当』のコーナーはすっかり名物企画となった。  俺の性癖はスタッフやリスナーだけじゃなく、何故か遠くで暮らす両親にもすんなりと受け入れられた。俺は放送の度に程良くイジられ、ヒナとは一緒に出かける機会も増えて。  世界は思ったより、俺達に優しい。  毎週土曜日、午前十一時。俺はこの時間が、もっと好きになった。
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