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 実際の所、徹に対する態度だけでなく吹部全員に対して――いや顧問に対しても――完全に同じ態度で接している恵那である。  図々しいというかふてぶてしい態度ではあるが、サックスだけでなくクラリネットもきっちり吹けるわ、幼稚園時代から習っているというピアノは合唱の伴奏くらい簡単にこなすくらい弾くわ、リズムものだけでなく鍵盤楽器全般を軽くこなして、ちょっとしたパーカッション担当を真っ青にさせるわ、で。  おまけに“綺麗な顔”というのをふざけることで曖昧にしてしまうキャラクターである。  老若男女問わず、敵なんているわけがない。 「ま、別にバリトンでもいいよ。そん代わり、ソロは頂くんで、選曲期待してるから」  先輩に対してワガママを通そうとすることもなく、恵那が徹にウィンクすると、「わかってるさ」と親指を立てた。  楽器庫に向かうと、三年が使っているバリトンサックスの横にあったケースに手を伸ばした。  先代が使用していたそれはきちんと手入れがされた状態で次の担当奏者へと引き継がれる。  時にはマイ楽器を所有する者も現れるけれど、そこは高校生だから基本的には学校の備品である。丁寧に扱うのが基本マナーだ。  そして隣にある先輩の楽器には小さな白い猫のキーホルダー付いていた。 「南先輩、猫好きなんだ」  ぽつっと呟くと。 「うん。かわいっしょ? うちの“あお”にそっくりなんだよ、コレ」  上から声がかかった。  恵那より十センチ以上背が高い南だから、少し見上げる。 「あお?」 「うん、雑種の白猫。目が青いからあお」 「うわ、可愛いっすね、それ」 「ほれ、実物」  スマホを見せてくれる。  白い猫が欠伸していた。 「うお、まじ可愛い。いいなー。うち、かーちゃんが猫アレルギーだから飼えねんだよなー」  恵那が言うと。 「俺も猫アレルギー。でも飼ってるうちにあおには反応しなくなった。他の猫だとヤバいけどな」  背も高いが、横にも幅広な熊さんみたいな大男である南が、完全にデレて他の写真も見せてくる。 「そーゆーモン?」 「そーゆーモン、らしい。恵那、バリトン経験者なんだろ。よろしくな」  さらっと言われ、軽くハイタッチ。 「俺、南先輩の音、好きっすよ。低い音程甘くなるって、エロい」 「それは褒めてるのか?」 「ったり前じゃん。俺、低音は掠れるから。コツ、教えてよ」  にっこり笑うと、南が白猫相手でもないのにはっきりデレた。
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