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佐竹涼はアイドルだ。
まるで小さなリスが木の実を食んでいるようにメロンパンを齧っている姿。
それには遠目からいくつもの熱い視線が集中しているという事実には。
きっと本人は全く気付いていないのだろう。
ちょっとした優越感を覚えながら、瑞浪恵那は涼を正面から見つめた。
「ん?」
何か、付いてる? と涼が黒目がちな丸い目で問う。
うん、安定的な可愛さだ。
恵那は内心ニヤニヤと、でも表向きは優しめの微笑みで
「旨い?」と訊いた。
「ん。えなも、食べる?」
一口どうぞ、と食いかけのメロンパンを差し出した。
涼の口から出る自分の名前には、粉砂糖でもまぶされているのかと思うくらい、甘みが加わる。
鼻にかかっているせいか、その響きには“漢字”が含まれないのが明白で。
あーもう、なんだこいつ、くっそ可愛いな。
恵那はそんなことを思いながらも
「俺、甘いパンよりしょっぱい系のが好き」
だから、くれなくていいよ、と笑った。
男子校である。
むさくるしい男ばかりの中、“美少女”然とした佐竹涼が密かにちょっとしたファンクラブさえあると噂されるほどのアイドルとなってしまうのは、これは必然で。
成長期がまだなのか、高校一年生で身長はまだ百六十センチに届かないミニマムな姿。
筋肉なんてものは全く見受けられない華奢な体躯と、その上に乗っかる黒目がちな童顔。
唇は口紅でも塗っているのかというほど、ピンク色をしてうるうるのぷりぷりで。
(いや、本人曰く薬用リップは必需品らしいのだが)
なのに。
人見知りが過ぎる性格のせいで、入学して一か月が過ぎようとする今もまだ、友人として接しているのは恵那だけ。
ちょっと遠くから通っている涼は中学が同じだった友人がいないのもあり、部活が同じでクラスも同じだという恵那にしかまだ心を開いていないから。
この、愛らしい小動物の傍にいるのは、自分だけ。
という優越感を恵那はいつもくふくふと笑いながら抱いているわけで。
「お昼食べたらさ、中庭の散歩、しない?」
涼がパックの牛乳を飲み干して、言った。
少しでも身長を伸ばしたいと、涼は毎日カルシウム増量という表示のあるパック牛乳を飲んでいる。
「今日は雨降ってないし、躑躅が綺麗だし」
梅雨入りしたせいで実際雨が続いていたから、涼に言われて恵那は頷いた。
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