プロローグ

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プロローグ

 トンネルへ入ったとたん、列車内の明かりが点滅し始めた。電気系等の接触トラブルだろうか。初めて乗った蒸気機関車だというのについていない。  アリカがまっ暗な車窓をのぞき込むと突然座席がバウンドし、コンパートメント向かいの席にすわっていたヘーゼルとガトーも、不安げに首を巡らせた。 「ぼく、様子を見て来ます」  ヘーゼルが個室を出て前方車輌へ行く。だがいくばくも経たないうち、血相を変えてもどって来た。 「この列車、なんだか変ですよ」  奇妙なことに、車両には自分たち以外人っ子ひとり見当たらず、車掌や係員が来る気配もないという。 「わたしたちのほかには誰もいないなんて」  三人で薄暗い通路を進みながら、アリカも戸惑いながら辺りを見回した。 「もともとぼくらだけなんだよ、乗客はね。しかし……」    不可解な顔のガトーについて行くと、最後尾の車掌室は車掌も機関士も不在だった。送話器だけがぶら下がったまま、振動にあわせてゆれている。 (まるで幽霊列車だわ) 「こうなったらみんなで飛び降りるしかないな」 「ガトーさん、自分さえ無事ならいいんですか。列車を止めなきゃ、このままじゃターミナルに突っ込みますよ!」    ヘーゼルが切迫して訴えるが、アリカにしてみればどちらも却下である。 (飛び降りるとか列車を止めるとか、このひとたちは何を言ってるの?)  急行ではないが、現実的にありえない。  ガトーが投げやりに肩をすくめる。 「ぼくはやだね、厄介事はごめんだよ。会長の命令ならまだしも」 「その会長は今、駅にいるんですよ。留学生のアリカさんの出迎えに!」 「え」  悠然と腕を組んでいたガトーの顔に苦みが走った。    車体が再び激しく軋み、ヘーゼルが手動式の窓を上げると、金属が激しく噛みあう轟音が暗闇に響いた。 「到着まで三分、トンネルを抜けたらすぐにカーブです。まずいぞ……これじゃ脱線して横転する!」 「……ど、どうするの?」  アリカは青くなって尋ねた。 「連結器を解除します。編成が解ければ、非常ブレーキが作動するはずです」 「よし、任せた」とガトーに肩を叩かれたヘーゼルが、眉間をふるわせて怒鳴る。 「手伝って下さいよ!」    連絡扉からデッキへ出ると、すぐに隧道の向こうに仄かな光が射し、出口が近づいて来たのがわかった。  アリカは列車の衝撃に慄きながら、手すりをにぎりしめる。    ヘーゼルの試みにはまったく賛成できなかったが、乗務員がいない今、飛び降りるよりましである。  列車はトンネルを抜け、前方にターミナルのガレリアが現れた。煙くさい風圧の中、アリカは叫んだ。 「駅が見えます!」 「何かにつかまって下さい!」    ガトーとヘーゼルが連結器のピンを持ち上げた瞬間、耳をつんざくような金属音がして列車は急ブレーキがかかった。 「分離──成功!」    重い衝撃とともに車輌は後方に無事切り離されていったが、アリカがそれを確認することはできなかった。 「きゃ……!」  激しい反動で、デッキからぐんと投げ出される。 「アリカちゃん!」「アリカさん!」  伸ばしたガトーたちの手も届かない。 (どうしてこんなことに──!)  宙で天地が返ったアリカの脳裏に、無謀な指令が甦った。
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