第4章

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 学園にもどると、アリカはひとり《きのこの針山》へ行ってみた。  部室棟のはしっこ、小さな工房がヘーゼルのギルドだ。    筒状にまるめた革や使い込まれた道具が、ところせましと部屋を埋めている。棚にはヘーゼル作と思われる靴やバッグ、ソフトボールまで。    ほかには何もない、職人の仕事場。  たったひとりで閑古鳥が鳴くギルドを切り盛りしてきたのに、《きのこの針山》が廃部になれば、ここを去ってほかのギルドへ移らざるを得ない。    古びたスツールにすわって懸命に作業をするヘーゼルが目に見えるようで、アリカは胸が痛んだ。 (よーし、なんとしても、ヘーゼルの無実が晴れるまではギルドを持たせなきゃ)  翌朝、アリカはまっ先に生徒会室を訪ねた。  もちろんユードラに、《きのこの針山》の持続を交渉するためである。やむを得ない事態なのだから、特例として認めてもらわなくてはならない。    だが、入り口に立つ近衛騎士にユードラへの面会を願い出ると、無表情で断られた。 「ユードラさまは朝食中です」  中からは、なにやら雑音が聞こえる。 「緊急の用なんです」 「会長はお食事中であります」    ──キェアァァ◯△×ッ  やはり、食事中とは思えない高声が。    アリカがジャケットの懐に手を入れると、騎士ははっと身がまえた。 「えいっ」  隠し持っていたヘーゼル作のソフトボールを、できるだけ遠くに放る。  習性で獲物を追いかけて行った騎士を、アリカは楽しげに見送った。 「わあ、《万神庁(パンテオン)》の警護が犬族っていうのは本当なんだ」    生徒会室のドアを開けると、来た当初通された部屋には誰もいなかった。さらに進むと壊れた楽器のような、ニワトリの断末魔のようなひどい声がする。 (……何が起きているの?)  胸騒ぎを抑えそっとのぞくと── 「おヴェェ◯△×ー♪ ……あら、アリカ?」  のびやかにいたユードラが、こちらをふり向いた。 「お、おはようございます……」    アリカがかしこまってお辞儀をすると、さっきの近衛騎士がゼェゼェと息切れしながらボールを持って生徒会室へ走り込んで来た。 「お前、勝手に……!」 「いいのよ、アリカはわたしのお友だちだもの」    ユードラにあっさりとさえぎられ、近衛騎士はしぶしぶ持ち場にもどる(ボールは気に入ったのか持って行った)。 「ここ、わたしだけの部屋なの。男子禁制、ガトーも入ったことないのよ。今、お茶を淹れるわね」  朝陽が射す眺めのいい部屋には、窓辺に例の香り玉が吊るされている。寮のものとはまた違った香りだ。  いろんな調合があるとヘーゼルが言っていたのをアリカは思い出した。    華奢なティーカップに、こぽこぽとお茶が注がれる音。ソーサーにはスミレの花の砂糖漬けが添えられていて、テーブルの上のカゴには小さな菓子パンも並んでいる。  うららかなひとときだというのに、アリカは言葉につまっていた。 「あのー、さっきの……」 「あ、歌ってたの。毎朝の日課なの」 (やっぱり歌だった)  返しに困って笑顔を作ると、ユードラも照れたように笑う。 「ほんとはね、屋上とか大ホールで思いきり歌いたいんだけど、騎士団のみんながそれはやめて下さいって、泣いて頼んでくるのよ」  わかってるの、ともユードラはつけ加えた。『音痴』という自覚はあるらしい。 「それより、アリカはわたしに何か用だった?」  目的を忘れるところだった。  アリカは手短かに、真剣にヘーゼルの件を伝えた。だが、 「それはできないわ」 「なぜですか!?」    即答され、思わず立ち上がる。 「だってそうしたら、地下牢の学生すべて、助けてあげなくちゃいけないでしょ」 「ヘーゼルは髪切り魔じゃありません」 「アリカ、わたしもヘーゼルが犯人だとは思わない。でも証拠がないわ。それに、道具を盗まれた彼にも管理不行き届きの咎があるのよ」 「それは……」    確かにアリカですら、勝手に入ってボールを持ち出すことができた。 「でも、ヘーゼルはあなたを尊敬して慕ってるんです。お願いです」 (会長は、学生とギルドのことを一番に考えて下さる、すばらしい方です)  ユードラのことを、自分にそんなふうに紹介してくれたヘーゼル。    すがるようにアリカが見つめると、ユードラがため息をついた。 「わたしはすべての学生に公平を期すため援助はできません。その代わり、収入が途絶える期間を延ばします。その間にアリカ、あなたが《きのこの針山》を経営するのよ」 「わ、わたしが?」 「アリカは《黒妖犬(ヘル・ハウンド)》所属ね。通常ギルドのかけ持ちはマスターの許可が必要なのだけど、今回は特例を認めるわ」  思ってもみない提案だった。経営などしたことはないが、《きのこの針山》を廃部にするわけにはいかない。    ホームルームの鐘が鳴り、ユードラが三指を開いた。 「期限は三日」 「わかりました、必ず《きのこの針山》を守ります!」  とはいえ、靴もバッグも作れない自分に何ができるのか。  アリカは、ヘーゼルの部室で途方に暮れていた。 (また余計なことに首を突っ込んでしまった)    捜査外に時間を割くひまなどないのに、悪いくせだ。  だが、犯人と間違われているヘーゼルを助けることと真犯人を追うことは、アリカにとって同一線上にあるように思えた。    まずは、どうやって《きのこの針山》の儲けを捻出するか。  在庫だらけの靴屋だ。棚に並ぶ作品を眺めながら、アリカは唸る。  「作れないなら売るしかないわ」  とりあえずありったけの靴を集めて、アリカは校舎へもどった。    早速、ランチタイムにリフェクトリーの一角で露店を開く。 「い……いらっしゃいませ、どうぞ手作りの靴です。は……履き心地抜群ですよー」  グダグダな薦め方だが内容は事実だ。    アリカも工房で自分のサイズの革靴を一足履いてみたが、革もやわらかくソールもしっかりとして歩きやすかった。  人間界なら、クラフトブームもあってなかなかのクオリティだと思う。    しかし、靴はさっぱり売れなかった。  何事かとみなちらりとのぞいて行くのだが、昼食時ということもあってすぐにテーブルへもどってしまう。彼らは靴というものにまったく興味がないらしい。    よくよく観察してみると、飛翔系の妖精など、学園指定の靴すら履いていない学生もいる。 (妖精族は靴にこだわりもないから……)  ヘーゼルの言った通りだ。履物が必須の人間とは、違う生き物だと痛感する。 (でも、試してもらえればよさがわかってもらえるはず!)  そう思い新たに床に品出しをしていた矢先、視界にくたびれた靴が入り、アリカは勢い顔を上げた。 「いらっしゃいませ! どうぞお試し」 「何をやってる」 (げ)  灰色頭が、仁王立ちでアリカを見下ろしている。 「マスターのおれに無断で内職とは、いい度胸してるなァ」 「も、もとはといえばカーン、あなたがヘーゼルを連れて行ったせいでしょ! おかげで《きのこの針山》は存続の危機なのよ!」 「あいつのギルド事情など知ったことか。不審者を捕まえるのがおれの仕事だ」    勝手な言い分に、むかむかと怒りが煮えくり返る。 「残念だけど、これはオフィシャルな活動よ!」  ユードラにもらった許可証を見せると、カーンはひったくって凝視した。  めずらしく優位に立てたので、アリカはふふんと自信ありげに腕を組む。 「そういうわけなので、口出し無用です」 「ここで靴なんか売れると思ってるのか?」 「あんたには関係ないわ」  そう言ったのは、アリカではない。  カーンの後ろに立つ高い影、ヒルダがこれまた仁王立ちでカーンを見下ろしている。 「どうせdoggy(わんちゃん)に靴は必要ないでしょ」 「あ? 馬は馬蹄でも履いてろよ」  どちらも額に青すじを立て、物騒な空気にアリカは狼狽えたが、会長公認だからかカーンはふんと鼻を鳴らしただけであっさり退いていった。    去って行くカーンにヒルダが中指を立てる。  だがすぐに露店に向き直ると、厳しい面持ちで目くじらを立てた。 「全然なってないわ、なにこの店。あんたほんとに商売する気あるの?」 「えっと、あの……」 「商品まとめて、ウチの部室に来ることね。いい!?」  近い顔ですごまれて、アリカはうなずかざるを得なかった。
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