第4章

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《淑女の宴》の部室は、ヘーゼルのギルドとは比べものにならない規模の内装だった。    どっしりとしたダイニングテーブルを照らす、飴色に輝くシャンデリア。さざめくおしゃべりが聞こえてきそうな、クラシックな会議室。    奥は簡易台所(キチネット)も設けられており、キャビネットには高そうなティーセットやケーキスタンドも見える。生徒会室よりゴージャスだ。  うわさでは、ヒルダ専用の露天風呂も備わっているとか。    ヒルダはアリカが持って来た紐靴を一足つまみ上げると、テーブルについたメンバーたちに見えるよう高々と掲げた。 「コレ、ほしいひと──」    誰からも挙手はない。 (そ、そんなに晒さなくても)    いたたまれなくなりうつむいたアリカの顎を、ヒルダはぐいと持ち上げる。 「さて、何がだめなのでしょう」 「だめだなんて……一度手に取ってもらえれば」 「そう、それ。この靴は、手にも取ってもらえないの。あんたはまだ、スタート地点にすら立ててないのよ」    ヒルダは自分のポニーテイルのリボンをシュッとはずし、手際よく紐靴につけ替える。とたんに、テーブルにどよめきが起こった。 「かわいい!」 「さすがですマスター!」    実演販売のサクラのような単純なリアクションだが、そうでないというのは現物を見ればわかった。 「ほんとだ、素敵……」    白いサテンのリボンが、そっけない革靴を品よくかわいらしく見せている。    瞬く間に、ヘーゼルの作品が商品に変わった。アリカは、ヒルダの手腕に改めて舌を巻いた。 「素人は目先の稼ぎしか考えてないけど、カスタマーには購買意欲ってもんがあるのよ」  まさか妖精(馬)にマーケティングを指摘されるとは思ってもみなかったが、警察官になるため脇目もふらずやってきたアリカである。ふつうの女の子と違って、流行りやショッピングにはとんと疎い。 「ま、そうは言ってもあんたみたいなダサダサな子には無理ね。みんな──持って来て」  ヒルダのひと言で、テーブルにはいろんなアイテムが出そろった。 「ブーツにファーを巻いたらどう?」 「羽根を挿すのもいいわね、『ハーピー』に分けてもらいましょう」 「グログランリボンをバックレースアップで」    アリカには何がなんだかであるが、どれも少しのアレンジを施しただけで見違えるような一品になった。 「わかった? これが販売戦略ってワケ。売れたら上がりの六割頂くわよ。じゃ次、プロモーション」  アリカが口を挿む間もなく、ヒルダはどんどん会議を進めていく。 「マスター、ターゲットは」 「もちろん、全生徒よ」 「では、こういうのはいかがでしょう」    メンバーが書き出した案に目を通し、ヒルダはじろりとアリカを見やった。 「素材は悪くないわね」 「えっ、なんですか?」    嫌な予感に苦笑いしながら戸惑っていると、そのままずるずると部員に引きずられフィッティングルームに押し込まれる。 「えっ? ちょ、やめっ……いやあああぁ!」  強制的に身ぐるみをはがされたアリカの悲鳴が、ギルド中に響きわたった。  次の日のランチタイム、リフェクトリーはランウェイへと変わった。  学生たちが昼食を摂るテーブルの間を、ヒルダをふくめた《淑女の宴》のメンバーが、衣装を纏いBGMにあわせて練り歩く。    装いは、布で巻いた躰を帯で締めた浴衣風。女子はそろいのミニ丈で、会場の雰囲気もにぎやかだ。  履いているのはもちろん、ヘーゼルの靴である。灯りをしぼったホールで、足元をより照らす工夫がなされている。    引きつった笑顔で、アリカも後部に参列していた。夕べ一晩、練習したのだ。 「こんなの初めてで緊張します」 「そう? 気楽にいこうよ、アリカちゃん」  後ろからぽんと肩を叩かれる。 「それで、なんでガトーさんがいるんですか」 「いやあ、ぼくが出れば注目度が違うって、ヒルダに頼まれちゃってさ」    実際ガトーが投げキスを放るたび、あちこちで黄色い声があがる。  場慣れ感に呆れるが、着流しにヒールの高いブーツという、難易度の高いスタイルを颯爽と着こなしているのはさすがだ。    リフェクトリー中央に来たヒルダが、回れ右をして両手をあげた。 「さてみなさん。名匠ヘーゼル作のこの靴、職人謹慎中の今なら三十パーセントオフ」    どっと笑いが沸き起こる。トークのツボも心得ている。  それでも、ヘーゼルが設定していた値段よりずいぶん高いのだ。商人(あきんど)である。 「買った!」 「わたしも! ガトーとおそろいのやつよ!」  商品は次々にさばけていく。アリカたちモデルが着用している靴は、ショーが終わるとともに売り切れた。 「オーダーも承っております。ヘーゼルが出所したら《きのこの針山》まで。ほら、あんたもひと言!」  ヒルダに背中を押され、前に躍り出たアリカは、ぺこりとお辞儀をするとテーブルを見回した。 「あ、あの、ヘーゼルは無実です。《きのこの針山》を、どうか存続させてあげて。よろしくお願いします!」  大きな歓声がリフェクトリーを包み、アリカはじわりと込み上げてくるものがあった。    ギルドでとんでもない扱いを受けていたので、ここへ来て初めて、ひと(?)のあたたかさにふれた気がする。    が、その扱いの張本人であるカーンが、リフェクトリー入り口にもたれかかり、じっと見ていたのには気づかなかった。    即興のファッションショーは大成功だった。《淑女の宴》にもどったアリカは、メンバーに深々と頭を下げた。 「ありがとうございます! ヒルダさん、みなさんのおかげです」    しかし、さし出した手に誰も反応がない。 (あれ?) 「何よ、その手。まだ何かほしいの?」 「いえ、その……」    ヒルダが不審に眉をよせる。  なんとここでは、手をにぎりあう習慣がないというのだ。 「人間界のあいさつなんですよ。相手と仲よくしたいとき、仲直りしたいときなんかに、ヒトはお互い手をにぎりあうんです」    怪訝にうかがっていたヒルダたちだったが、アリカが手を取るとみな興味深げにそっとにぎり返し、『握手』を楽しんでいた。  それから二日間、アリカはヘーゼルの工房で対応に追われていた。靴だけでなく小物も在庫がはけ、大忙しだったのだ。  それでも《きのこの針山》には、次々に新しい客がやって来る。 「あの……」 「あ、すみませーん。今ギルドマスターが留守でして、注文はまだ……!」    客は、『ギルドマスター』だった。 「アリカさん、これはいったい……」 「ヘーゼル! 保釈……じゃなかった、釈放されたの!?」  工房の棚を見たヘーゼルは、みるみる青ざめていく。アリカはあわてて説明した。  「ご、ごめんね。ギルドを維持するために、商品を全部売ってしまったの」 「全部……ですか?」 「ええ、まあ……」 「ボールも……?」 「あ、いやボールはとある事情で贈呈を」 「全、部……?」  声がふるえている。勝手なことをして怒ったのかもしれない。    アリカが身をすくめたとき、ヘーゼルがいきなり抱きついてきた。 「──ありがとう、アリカさん! 全部売れたなんて信じられないよ!」  回した腕の力で、うれしさが伝わってくる。  アリカは安堵して、ここ数日の顛末を話した。 「ガトーさんとヒルダさんがね、協力してくれたの」 「……そうかあ、さすがだな。ぼくじゃとてもさばき切れなかったもの」 「ううん、少し売り方を工夫しただけ。ヘーゼルの靴がすばらしかったからできたのよ」    アリカの言葉にヘーゼルは、力が抜けたように涙をにじませて笑った。 「ぼく、ギルドを続けられるんですね。また、靴を作ってもいいんですね」 「うん、たくさん作って、人間界にも輸出しようよ」    泣き出したヘーゼルを肩ごしになだめながら、アリカはほっとして(から)の棚を見上げた。  すっかり暮れなずんだ、寮への帰り道。ふたりは少し急ぎ足で、リフェクトリーへ向かう。 「そういえばヘーゼル、どうして懲罰房を出て来られたの?」  ユードラは真相がはっきりするまでは、ヘーゼルを返すわけにはいかないという口ぶりだったが。 「聞いてないんですか? ぼくが懲罰房にいる間に、また髪切り魔が出たんですよ」 「ええっ!」 《きのこの針山》にこもりっぱなしで、アリカの耳にはニュースが入って来なかった。ヘーゼルの勾留中に髪切り魔が出たのであれば、解放されるには十分な理由だ。 「それで、誰が被害に遭ったの?」 「レザン・クッペ。彼も先日まで懲罰房にいた、『クルラカーン』です」
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