第10章

2/3
前へ
/38ページ
次へ
 朝八時。朝食のリフェクトリーは、今日も変わらない喧騒だ。ドラゴン便が到着するやいなや、係が受取人の名前を呼ぶ。  いつものように荷物をもらいもどって来たヘーゼルが、不思議そうに箱を持ち上げた。 「あれ、母さん、なんで今日はクッキーじゃないんだろ」  荷物からは、ピクルスのすっぱい匂いが漂っている。 「はは、それ絶対、中でもれてるやつ」 「今回のドラゴン、飛行下手だったんだな。仮免じゃねえの?」  まわりがからかう中、箱を抱えたギャラガーがめずらしくにこやかに近づいて来た。 「ヘーゼル、おれと荷物、間違えてないか?」 「いいえ、宛名はぼくですよ」  ヘーゼルがまじまじと箱を確認する。 「いや、ドラゴンの配達中に名札が入れ替わったかもしれん」 「じゃあ開けて確かめてみますね」 「待て、ここでは──!」    ギャラガーがヘーゼルの手から取り上げようとしたとき、箱はするりと風にさらわれた。  舞い上がった高みから落とされ、すばやくカーンがキャッチする。 「サンキュ」という合図に『エアリアル』は薄く微笑し、颯爽とリフェクトリーを飛翔して行った。 「お前……!」  カーンに荷物がわたったと知ると、ギャラガーは額に汗を伝わせた。 「なぜこれにそんなにこだわるんだ? ギャラガー」  カーンはおもしろそうに荷物を手中で弄ぶ。 「い……いつも実家からはピクルスが送って来るからだ」 「今回は違う中身かもしれんじゃないか」 「いつも……同じだ!」 「必死だな、ギャラガー」 「カーン、貴様──!」    ギャラガーは怒気で顔をまっ赤にした。だがカーンは肩で息をつき、 「わかった。いいぜ、じゃあ交換しよう」  と、箱をギャラガーのものとあっさり取り替えた。  あわててその場を去ろうとするギャラガーの後ろで、荷物を早速開けるヘーゼル。 「あれ、おかしいな? なんだろこれ」  訝るような声に、ギャラガーの動きが止まった。ゆっくり、からくり人形のようにぎこちなくふり返る。  一連の挙動がおかしい騎士団長に周囲がざわつき始めたが、ギャラガーは取り替えた箱をその場で千切るように開いた。中を確認して愕然とする。 「こ、この荷は違う……!」 「何が違うって?」  挑発笑いを浮かべるカーンの横で、ヘーゼルがまた箱をのぞいた。 「ぼくのもいつもと違う──」 「おれは知らん! そんな(たね)──」 「そこまで!」  叱咤に似た鋭い声に、リフェクトリーは静まり返った。アリカはつかつかと歩みより、ギャラガーの腕をつかんだ。 「違法薬売買の疑いで、あなたを逮捕します」 「なっ、なんだと!? この女!」 「きゃっ!」  強くふり解かれ、倒れそうになった身をカーンが支える。 「なぜいつもお前の郵便物はピクルスなんだ?」  カーンの問いに、ギャラガーはひっくり返った声で答えた。 「親が送って来ると言っただろう!」 「同封物の匂いを隠すためか?」 「知らん!」 「お前の荷物はやっぱりこっちか?」 「だからそんな(たね)は知らん!」 「(たね)? どこにそんなものが?」    大げさに肩をそびやかすカーンに、怯え憤っていたギャラガーが、それらをないまぜにした表情で近づいて来た。  おそるおそる、ヘーゼルの持った箱をのぞく。  中には、クロスに包まれたスコーンがぎっしりつまっていた。 「あ、お菓子だったので」  ぺろりとヘーゼルが舌を出す。 「ギャラガー、なぜ荷が(たね)だと? こっちが『ソーン・アップル』だと思ったか?」  カーンが口にした名称に、ギャラガーの顔色が変わった。 「おれは会長の下命のもと、違法薬の出処を探っていた。お前は実家から荷物が送って来るように見せかけ、ラースランドから(たね)を取りよせた」 「こ、こんなのは詐欺だ!」 「わからないか? お前は今ここで自供したんだ。全生徒が証人だ」 「おれは何も知らん!」 「お前の部屋では、今頃うちのメンバーがブツを見つけている。薬が(たね)だと知っているのは常習者か──売人だ」    青ざめてひざをついたギャラガーの前にユードラが立った。 「……残念です、ギャラガー」 「連れて行け」  カーンが顎でしゃくる。 《黒妖犬(ヘル・ハウンド)》の部員に手錠をかけられたギャラガーを見送りながら、ヒルダがアリカに目線を送る。 「お見事」 「ギャラガーの郵便物の話をしたら、カーンが怪しいって言って。それから《黒妖犬(ヘル・ハウンド)》のみんなが仕掛けを考えてくれたんです」 「ほんと、あいつら悪知恵だけは冴えてるのね」  皮肉の中に賞賛があった。 「頼もしいギルドです」    あんなにさけていた部活動なのに、今は充実感でいっぱいだ。誇らしさに自然と胸が反る。 (だけど任務が終われば、わたしは人間界へ帰るんだ。みんなを騙したままで……)  すんと痛む心をそっと押さえ、アリカはメンバーの輪にまたもどった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加