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朝八時。朝食のリフェクトリーは、今日も変わらない喧騒だ。ドラゴン便が到着するやいなや、係が受取人の名前を呼ぶ。
いつものように荷物をもらいもどって来たヘーゼルが、不思議そうに箱を持ち上げた。
「あれ、母さん、なんで今日はクッキーじゃないんだろ」
荷物からは、ピクルスのすっぱい匂いが漂っている。
「はは、それ絶対、中でもれてるやつ」
「今回のドラゴン、飛行下手だったんだな。仮免じゃねえの?」
まわりがからかう中、箱を抱えたギャラガーがめずらしくにこやかに近づいて来た。
「ヘーゼル、おれと荷物、間違えてないか?」
「いいえ、宛名はぼくですよ」
ヘーゼルがまじまじと箱を確認する。
「いや、ドラゴンの配達中に名札が入れ替わったかもしれん」
「じゃあ開けて確かめてみますね」
「待て、ここでは──!」
ギャラガーがヘーゼルの手から取り上げようとしたとき、箱はするりと風にさらわれた。
舞い上がった高みから落とされ、すばやくカーンがキャッチする。
「サンキュ」という合図に『エアリアル』は薄く微笑し、颯爽とリフェクトリーを飛翔して行った。
「お前……!」
カーンに荷物がわたったと知ると、ギャラガーは額に汗を伝わせた。
「なぜこれにそんなにこだわるんだ? ギャラガー」
カーンはおもしろそうに荷物を手中で弄ぶ。
「い……いつも実家からはピクルスが送って来るからだ」
「今回は違う中身かもしれんじゃないか」
「いつも……同じだ!」
「必死だな、ギャラガー」
「カーン、貴様──!」
ギャラガーは怒気で顔をまっ赤にした。だがカーンは肩で息をつき、
「わかった。いいぜ、じゃあ交換しよう」
と、箱をギャラガーのものとあっさり取り替えた。
あわててその場を去ろうとするギャラガーの後ろで、荷物を早速開けるヘーゼル。
「あれ、おかしいな? なんだろこれ」
訝るような声に、ギャラガーの動きが止まった。ゆっくり、からくり人形のようにぎこちなくふり返る。
一連の挙動がおかしい騎士団長に周囲がざわつき始めたが、ギャラガーは取り替えた箱をその場で千切るように開いた。中を確認して愕然とする。
「こ、この荷は違う……!」
「何が違うって?」
挑発笑いを浮かべるカーンの横で、ヘーゼルがまた箱をのぞいた。
「ぼくのもいつもと違う──」
「おれは知らん! そんな種──」
「そこまで!」
叱咤に似た鋭い声に、リフェクトリーは静まり返った。アリカはつかつかと歩みより、ギャラガーの腕をつかんだ。
「違法薬売買の疑いで、あなたを逮捕します」
「なっ、なんだと!? この女!」
「きゃっ!」
強くふり解かれ、倒れそうになった身をカーンが支える。
「なぜいつもお前の郵便物はピクルスなんだ?」
カーンの問いに、ギャラガーはひっくり返った声で答えた。
「親が送って来ると言っただろう!」
「同封物の匂いを隠すためか?」
「知らん!」
「お前の荷物はやっぱりこっちか?」
「だからそんな種は知らん!」
「種? どこにそんなものが?」
大げさに肩をそびやかすカーンに、怯え憤っていたギャラガーが、それらをないまぜにした表情で近づいて来た。
おそるおそる、ヘーゼルの持った箱をのぞく。
中には、クロスに包まれたスコーンがぎっしりつまっていた。
「あ、いつもと違うお菓子だったので」
ぺろりとヘーゼルが舌を出す。
「ギャラガー、なぜ荷が種だと? こっちが『ソーン・アップル』だと思ったか?」
カーンが口にした名称に、ギャラガーの顔色が変わった。
「おれは会長の下命のもと、違法薬の出処を探っていた。お前は実家から荷物が送って来るように見せかけ、ラースランドから種を取りよせた」
「こ、こんなのは詐欺だ!」
「わからないか? お前は今ここで自供したんだ。全生徒が証人だ」
「おれは何も知らん!」
「お前の部屋では、今頃うちのメンバーがブツを見つけている。薬が種だと知っているのは常習者か──売人だ」
青ざめてひざをついたギャラガーの前にユードラが立った。
「……残念です、ギャラガー」
「連れて行け」
カーンが顎でしゃくる。
《黒妖犬》の部員に手錠をかけられたギャラガーを見送りながら、ヒルダがアリカに目線を送る。
「お見事」
「ギャラガーの郵便物の話をしたら、カーンが怪しいって言って。それから《黒妖犬》のみんなが仕掛けを考えてくれたんです」
「ほんと、あいつら悪知恵だけは冴えてるのね」
皮肉の中に賞賛があった。
「頼もしいギルドです」
あんなにさけていた部活動なのに、今は充実感でいっぱいだ。誇らしさに自然と胸が反る。
(だけど任務が終われば、わたしは人間界へ帰るんだ。みんなを騙したままで……)
すんと痛む心をそっと押さえ、アリカはメンバーの輪にまたもどった。
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