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体液検査の結果、ギャラガーは陰性。薬を服用しているわけではなく、罪は密売のみと判明した。
「でも、肝心のルートも元締めも不明かあ」
カーンとアリカでギャラガーを尋問したが、箱の送り主とは会ったことがないという。ある日突然自分宛に荷物が送られて来て、それから取引が始まったらしい。
「髪切り魔? 殺し!? おれが殺るわけないだろう!」
取り調べに、ギャラガーは目をひんむいて抗議した。
「レザンに種を売ったことはあるらしいが、殺しの件はやつにはアリバイがある」
結局解決には至らず、犯人はわからずじまいだ。
夕食後もふたりは、一五八号室で話しあいを続けていた。
「なぜ、ふたりは殺されたの? 髪切り魔は今回の事件に関係あるの?」
「もともと髪切り魔が現れたのは、留学制度の話が上がった最近だ。会長がなんとか反対派を治めてはいるが、その反動で犯人は行動に出たんじゃないかとおれは踏んでる。髪切り魔もレザンを殺したやつも、麝香の香りを残してるだろ。違法薬に関わってるということだ」
「そのことなんだけど、わたし、髪切り魔と殺人犯は同一人物じゃないと思うの。イゾルテ役やマオさんの髪を切ったのは、おそらく髪切り魔ね。でもレザンを殺した人物は、髪切り魔の犯行に見せかけようとしたんじゃないかしら」
「なんでそんなことわかるんだよ」
アリカは絵で図解して説明した。
被害者はみな無作為に髪を切られていた中で、レザンだけが頭頂と前髪の辺りが一部、これ見よがしにカットされていただけなのだ。
「それがなんだ、切られたことに変わりはないじゃないか」
「女の子の気持ちのわからないひとね」
アリカに半目で睨まれ、むっとするカーン。
「あのね、イゾルテ役の子たちの髪は、ざんばらに切られていたの。妖精の力はもちろんだけど、女の子にとって髪は特別なものよ。レザンの場合と違って、悪意や敵意のこもった切り方だわ」
「だとすると、そいつは彼女らの被害状況を見ていないってことか?」
「そう、あれだけ騒がれたのにおかしいと思わない?」
「だが、香りの件はどう説明する?」
アリカはむむと唸ってうつむいた。結局はそこに行きづまっているのだ。
(この事件は、いつも香りが残っている。何か、大事なことを忘れているような……)
しばし考えていると、唐突にカーンが尋ねてきた。
「──なあ、お前はなんでこの事件を調べようとするんだ?」
ずばり核心を突いて来たので、一瞬妙な間が空く。
「ええと……将来探偵になりたくて」
「探偵ね……」
呆れるような口ぶりだったが、疑ってはいないようだ。この際とばかりに、アリカも訊いてみる。
「カーンは、どうしてユードラさんの下で働くの?」
「そうだな……」
少し考え、カーンは言葉少なに話し出した。
十年前、自分はユードラの屋敷の前で行き倒れていたこと。マージナルアカデミーに入るまで、トレメイン家で面倒を見てもらったこと。
「会長は、行き場のなかったおれに居場所を作ってくれた」
(そうか、だからカーンはユードラさんに忠実なんだ)
見たこともないおだやかな顔でカーンは目を伏せる。
ガトーが、カーンを海にたとえたことがわかるような気がした。
「ここへ来る前は?」
「……あまり憶えていない。トレメインのお館さまが両親を捜して下さったが『人狼』はラースランドには生息していないらしい。捨てられたのかもしれないな」
あきらめのまじった投げやりな口調だったが、カーンは頭の後ろで手を組み、天井を見上げ続けた。
「まあ、親に会いたくないと言えば嘘になるが」
アリカは、やっと、初めて、カーンの本心にふれた気がした。
自分に投げられる彼の言葉は、いつも怒りや嘲笑とセットだったから。
たったそれだけのことが、これまでのカーンの所業を忘れるくらいうれしかった。
我ながらあま過ぎるとぽりぽりと首をかいたとき、その仕草を見たからかカーンがアリカの首を指した。
「鍵も返さないとな」
ぽかんとした表情をしていたのだろう。カーンは怪訝にくり返す。
「あのときおれが池に捨てた首環の鍵だ。それつけたまま、人間界に帰るわけにはいかないだろ」
「あっ──そうよね。国交問題になるわよね、はは」
自分でも乾いた笑いに驚く。
それなのにじわりと目はうるみ、カーンがぎょっとして後退った。
「な、なんだよ、おれ、何か悪いこと言ったか?」
「言ってない」
珍妙なものを見るような目で見つめられ、自分がいたたまれなくなって、アリカは後ろを向いた。
「見ないで」
「なんでだよ」
「ほっといてったら」
「わけを言えよ」
こんな気持ちは、到底説明できない。
自分がいなくなることに、カーンはなんの感慨も抱いていないのだから。
「おい、こっち向けって」
「カーンなんかユードラさんにしっぽふってればいいじゃない、もうどっか行って!」
顔が上げられなかった。
こんな言い方をされれば、誰だって関わりたくないはずだ。カーンも煩わしくなったかもしれない。
しばらく沈黙が部室を流れた後、ぎい、と床を踏む音がした。
「お前が言った通り、おれには女の気持ちがわからない。ましてやニンゲンのことなんか……だからこっち見ろよ」
おそるおそるふり返ると、狼姿のカーンがちょんと行儀よくすわっていた。
思わず目をまるくする。
「女や子どもは、け、毛が好きなんだろ。こ……今回だけ、もふっていいぞ」
驚きで涙も引っ込んでしまった。
彼なりに必死に考え抜いた策だと思うと、吹き出しそうになった。だが笑うと怒りそうなので必死に耐える。
おずおずとそっと肩に手をおく。初めてふれるカーンの獣毛は張りがあり、思ったよりやわらかかった。
なでているうちにうずうずとたまらなくなって、アリカはぎゅっと抱きしめた。
カーンの躰がびくりと固まる。
他人にさわられるのは、獣バージョンでも苦手なのかもしれない。
「人間、きらいなのにごめん……」
肩ごしにつぶやくと「別にきらいじゃない」と短く返ってきた。
「……お前は不思議だ。いつの間にかまわりを巻き込んで、みんな味方につけちまう」
カーンは静かにそう言った。
ふわふわの灰色の毛に頬をうずめると、乾いた土と草の匂い。涙もさっきまでの澱んだ感情も、吸い込まれていくように思えた。
(せいいっぱいがんばろう、ここにいる間は)
ユードラの顔も、今は夜に溶けてゆく。
伝わって来る体温に安心して、子どものようにアリカは目を閉じた。
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