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学園祭がやって来た。
普段は一般公開しないマージナルアカデミーとあって、当日は学生の父兄など多くが学園を訪れた。
プログラムを片手に、アリカも模擬店の並ぶペーヴメントを見てまわる。
我がクラスの出し物はコケモモを使った手作りスウィーツだ。
飴がけのコケモモやパイにタルトと、強面の売り子たちがかわいらしいエプロンを巻いて、せっせと菓子を販売している。
前日まで調理室を借り切って焼き上げた自信作だ。
「あっ、アリカさん。上演、午後からですよね。後で観に行きますね!」
ヘーゼルもギルドで靴屋を出店し、忙しそうだ。
カーンには今朝から会っていない。
コケモモ店にもいないので、ひとりでどこかぶらついているのかもしれない。
(お祭り、苦手そうだもんな)
リフェクトリーをのぞいてみたが、今日はカフェに変更され客であふれ返っている。
もしかしてと『語り部の森』まで足を伸ばすと、池からざばりと顔を出す者がいた。
「カーン、何をやってるの!」
「──鍵、探してたんだよ」
「なんで今そんなこと……」
「見つからなかったが」
それはそうだろう。呆れてアリカはハンカチをわたす。
「もういいわよ。早くあがらないと風邪ひくわよ」
だがハンカチも受け取らず、カーンはじっとこっちを見る。
「お前、人間界へ帰るのはいつだ?」
「え?」
「ガトーが、お前が近々帰ると言っていた」
おそらく気をまわしてくれたのだろうが、腹立たしくもあり気恥ずかしくもあり、やっぱり腹が立つ。
「ひと言、言えよ。お前は《黒妖犬》のマスターなんだぞ」
「だって、まだ何も決まってなくて」
カーンはなぜかふてくされていた。
「いろいろ悪かったな」
「やめてよ、そんな……」
お別れみたいな言葉はまだ聞きたくない。
チビでもふんぞり返って、無茶ぶりを投下していたときのほうがまだましだ。
「これも返しとく」
カーンは財布を投げてきた。以前カツアゲされたものである。
「安心しろ、使ってはいない」
「……じゃあなんで取りあげたの」
「学園にとって害かもしれない余所者を、ひざもとで監視するためだ。《黒妖犬》がお前にコナつけたとまわりに知らしめておけば、誰も手は出さないし、ほかのギルドのカモになることもないだろ」
アリカは財布をにぎりしめた。
(監視? ううん、今ならわかる)
初めから、守ってくれたのだ。
リフェクトリーで、列車事故の土手下で。
彼はいつも乱暴で不器用なやり方でまわりを守る。それは強くて痛々しい。
(子どものくせに)
これ以上何か言われたら涙が出そうだった。
「世話になった。メンバーも、おれも──」
その瞬間、アリカの感傷は静止した。そう言った彼の言葉にではない、行動にだ。
以前も『語り部の森』で、こうして手をさし出されたことを憶えている。
手をにぎり返す代わりに、アリカは確信を持ってカーンを見た。
「あなた……やっぱり妖精族じゃないんだ」
カーンの顔色が明らかに変わった。
「ここの学生たちに『握手』の習慣はないわ。あなただけがこのあいさつを使うのよ」
くちびるを噛み、気まずそうにカーンがうつむく。
「……うかつだった、お前はニンゲンだもんな」
「カーン、あなたもしかして……」
「──おれは、人間界にいた」
カーンは、池に映る自分を見つめ話し始めた。
ある村に伝わる昔々の伝説だ。
邪妖精に襲われたその村を、一匹の狼が救った。狼は村中から感謝され、村長の娘を嫁にもらった。
やがて、人狼の子が生まれた。
それから幾世代か過ぎ、村には時おり先祖還りが生まれるようになったという。
「──それがおれだ」
「じゃああなたは、半分人間ってこと?」
カーンは短くうなずく。
いつ、どうやってラースランドへ来たのかは、小さかったから憶えていないらしい。
「あなたは、何らかの理由で妖精界へ来てしまった。列車で人間界へ行こうとは思わなかったの?」
「おれは列車に乗れないんだ」
怪訝な顔のアリカに、カーンはため息を吐いた。
「物理的に乗れない。弾かれるのさ」
アリカは、自分が列車の乗降口をくぐった際、身に刺激が走ったのを思い出した。何か特殊な障壁があるのかもしれない。
「でも、帰りたいでしょ?」
カーンは今度はうなずかず、森を見上げて言った。
「おれの居場所はここだ。もし半妖だから捨てられたのなら、帰っても意味がないだろ」
両親は人間界にいるかもしれないのに、帰りたくないわけがない。
(カーンは、両親に必要とされていない、人間界には居場所がないという不安をぬぐい切れないんだ)
そして、その気持ちが一番わかるのは、きっと立場は違っても同じ苦しさを抱えるユードラなのだろうとアリカは思った。
(それなら、ユードラさんのそばにいて彼女を支えてあげるのが、カーンにとっては幸せなのかな……)
びしょぬれのカーンを先に帰し、『語り部の森』をひとりで歩いていると、どっと虚しさが襲って来た。
自分は何のためにこの世界へ来たのだろう。仕事は無事完遂したのに、悲しくてしょうがない。
こんなとき、ガトーならきっと察してなぐさめてくれる。
(なんて都合がいいの、わたし)
アリカは省みてうつむいた。
カーンがひとの心の機微に疎いのは(もともとの鈍さもあるが)彼がまだ子どもだからだ。非難も期待も見当違いである。
(カーンとは、きっと守る世界が違うんだ)
そう決心して顔を上げたとき、唐突に肩を叩かれた。
一瞬、アリカは彼が誰かわからなかった。
「エ、エルアードさん!?」
目の前には、スーツ姿の小柄な上司がにこやかな笑みを浮かべ立っている。
「ゲートが閉じてしまったから心配してたんだ。ようやく来られた。捜したよ」
彼はほっとしたように肩を落とした。
「ど、どうしてここへ?」
「迎えに来たのさ。トンネルが爆破されたと聞いて、いても立ってもいられなくてね」
トンネルが開通し、列車が復旧したのだろう。
突然で戸惑ったが、アリカは任務の報告を乞われ、それに従った。
「生徒会長のユードラ・トレメインが髪切り魔でした。被害者のうちふたりが殺害されましたが、まだ犯人はわかっていません」
「ふむ。その生徒会長は?」
「ラースランドの中央病院に」
「そうか、この短期間でよくやった。きみはわたしの見込んだ通りだ」
賞されても、アリカの表情は冴えない。
「別れがさみしくなるくらいには、友だちと仲よくなったのかな?」
苦笑でしか答えられなかった。
最後に学園祭くらいは楽しむといい、とエルアードは勧めてくれた。
「どのみちマージナルアカデミーはこれで廃校だ」
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