第11章

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 学園祭がやって来た。  普段は一般公開しないマージナルアカデミーとあって、当日は学生の父兄など多くが学園を訪れた。  プログラムを片手に、アリカも模擬店の並ぶペーヴメントを見てまわる。    我がクラスの出し物はコケモモを使った手作りスウィーツだ。  飴がけのコケモモやパイにタルトと、強面の売り子たちがかわいらしいエプロンを巻いて、せっせと菓子を販売している。  前日まで調理室を借り切って焼き上げた自信作だ。 「あっ、アリカさん。上演、午後からですよね。後で観に行きますね!」  ヘーゼルもギルドで靴屋を出店し、忙しそうだ。  カーンには今朝から会っていない。  コケモモ店にもいないので、ひとりでどこかぶらついているのかもしれない。 (お祭り、苦手そうだもんな)  リフェクトリーをのぞいてみたが、今日はカフェに変更され客であふれ返っている。  もしかしてと『語り部(フィラ)の森』まで足を伸ばすと、池からざばりと顔を出す者がいた。 「カーン、何をやってるの!」 「──鍵、探してたんだよ」 「なんで今そんなこと……」 「見つからなかったが」  それはそうだろう。呆れてアリカはハンカチをわたす。 「もういいわよ。早くあがらないと風邪ひくわよ」   だがハンカチも受け取らず、カーンはじっとこっちを見る。 「お前、人間界へ帰るのはいつだ?」 「え?」 「ガトーが、お前が近々帰ると言っていた」  おそらく気をまわしてくれたのだろうが、腹立たしくもあり気恥ずかしくもあり、やっぱり腹が立つ。 「ひと言、言えよ。お前は《黒妖犬(ヘル・ハウンド)》のマスターなんだぞ」 「だって、まだ何も決まってなくて」  カーンはなぜかふてくされていた。 「いろいろ悪かったな」 「やめてよ、そんな……」  お別れみたいな言葉はまだ聞きたくない。  チビでもふんぞり返って、無茶ぶりを投下していたときのほうがまだましだ。 「これも返しとく」  カーンは財布を投げてきた。以前カツアゲされたものである。 「安心しろ、使ってはいない」 「……じゃあなんで取りあげたの」 「学園にとって害かもしれない余所者を、ひざもとで監視するためだ。《黒妖犬(ヘル・ハウンド)》がお前にコナつけたとまわりに知らしめておけば、誰も手は出さないし、ほかのギルドのカモになることもないだろ」    アリカは財布をにぎりしめた。 (監視? ううん、今ならわかる)  初めから、守ってくれたのだ。  リフェクトリーで、列車事故の土手下で。    彼はいつも乱暴で不器用なやり方でまわりを守る。それは強くて痛々しい。 (子どものくせに)   これ以上何か言われたら涙が出そうだった。 「世話になった。メンバーも、おれも──」  その瞬間、アリカの感傷は静止した。そう言った彼の言葉にではない、にだ。    以前も『語り部(フィラ)の森』で、こうして手をさし出されたことを憶えている。  手をにぎり返す代わりに、アリカは確信を持ってカーンを見た。 「あなた……やっぱり妖精族じゃないんだ」  カーンの顔色が明らかに変わった。 「ここの学生たちに『握手』の習慣はないわ。あなただけがこのあいさつを使うのよ」  くちびるを噛み、気まずそうにカーンがうつむく。 「……うかつだった、お前はニンゲンだもんな」 「カーン、あなたもしかして……」 「──おれは、人間界にいた」  カーンは、池に映る自分を見つめ話し始めた。    ある村に伝わる昔々の伝説だ。  邪妖精に襲われたその村を、一匹の狼が救った。狼は村中から感謝され、村長の娘を嫁にもらった。  やがて、人狼の子が生まれた。  それから幾世代か過ぎ、村には時おり先祖還りが生まれるようになったという。 「──それがおれだ」 「じゃああなたは、半分人間ってこと?」  カーンは短くうなずく。  いつ、どうやってラースランドへ来たのかは、小さかったから憶えていないらしい。 「あなたは、何らかの理由で妖精界へ来てしまった。列車で人間界へ行こうとは思わなかったの?」 「おれは列車に乗れないんだ」  怪訝な顔のアリカに、カーンはため息を吐いた。 「物理的に乗れない。弾かれるのさ」  アリカは、自分が列車の乗降口をくぐった際、身に刺激が走ったのを思い出した。何か特殊な障壁があるのかもしれない。 「でも、帰りたいでしょ?」  カーンは今度はうなずかず、森を見上げて言った。 「おれの居場所はここだ。もし半妖だから捨てられたのなら、帰っても意味がないだろ」  両親は人間界にいるかもしれないのに、帰りたくないわけがない。 (カーンは、両親に必要とされていない、人間界には居場所がないという不安をぬぐい切れないんだ)    そして、その気持ちが一番わかるのは、きっと立場は違っても同じ苦しさを抱えるユードラなのだろうとアリカは思った。 (それなら、ユードラさんのそばにいて彼女を支えてあげるのが、カーンにとっては幸せなのかな……)    びしょぬれのカーンを先に帰し、『語り部(フィラ)の森』をひとりで歩いていると、どっと虚しさが襲って来た。  自分は何のためにこの世界へ来たのだろう。仕事は無事完遂したのに、悲しくてしょうがない。    こんなとき、ガトーならきっと察してなぐさめてくれる。 (なんて都合がいいの、わたし)  アリカは省みてうつむいた。  カーンがひとの心の機微に疎いのは(もともとの鈍さもあるが)彼がまだ子どもだからだ。非難も期待も見当違いである。 (カーンとは、きっと守る世界が違うんだ)  そう決心して顔を上げたとき、唐突に肩を叩かれた。  一瞬、アリカは彼が誰かわからなかった。 「エ、エルアードさん!?」  目の前には、スーツ姿の小柄な上司がにこやかな笑みを浮かべ立っている。 「ゲートが閉じてしまったから心配してたんだ。ようやく来られた。捜したよ」  彼はほっとしたように肩を落とした。 「ど、どうしてここへ?」 「迎えに来たのさ。トンネルが爆破されたと聞いて、いても立ってもいられなくてね」    トンネルが開通し、列車が復旧したのだろう。  突然で戸惑ったが、アリカは任務の報告を乞われ、それに従った。 「生徒会長のユードラ・トレメインが髪切り魔でした。被害者のうちふたりが殺害されましたが、まだ犯人はわかっていません」 「ふむ。その生徒会長は?」 「ラースランドの中央病院に」 「そうか、この短期間でよくやった。きみはわたしの見込んだ通りだ」    賞されても、アリカの表情は冴えない。 「別れがさみしくなるくらいには、友だちと仲よくなったのかな?」  苦笑でしか答えられなかった。  最後に学園祭くらいは楽しむといい、とエルアードは勧めてくれた。 「どのみちマージナルアカデミーはこれで廃校だ」 
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