第1章 

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 落下した瞬間、長い滞空時間に感じられたが、実際はほんの一瞬だった。  列車は、駅のほんの手前の土手で停止した。 「アリカさぁん!」  ヘーゼルがあわてて列車から飛び降り草をすべる。  ガトーはデッキから身を乗り出し、土手の傾斜にアリカの姿を見つけ笑った。 「はは、いいところに緩衝材があったもんだ」    ヘーゼルと同じくらいの制服の少年が、草の上でアリカの下敷きになりつぶれていた。 「ごめんなさい、大丈夫?」  アリカはあわてて飛び起きる。  自分は肥満ではないが、少年と背丈はそう変わらない。きっと重かっただろう。    だが彼はアリカにさしのべられた手をよけ、自分の制服のほこりを払うと不快げな目線をよこした。 「線路からひとが降って来るとは、おちおち昼寝もしてられないな」  少年にしては冷めた口ぶりだ。 「あ、あの、本当にごめんなさい」  戸惑いながらもアリカは頭を下げるが、ガトーはおかしそうに尋ねる。 「カーン、お前、あんな寒いところで昼寝してたの?」 「どこで寝ようとおれの勝手だろうが」    ふんと踵を返す小柄な後ろ姿を戸惑いながら見送っていると、ヘーゼルが囁いた。 「あいつには、あまり関わらないほうがいいですよ」 「そうそう、めんどくさい子だからねえ」  対して、ガトーはわざと大声でからかう。少年はすぐに反応し、 「ニンゲン──借りは返してもらうからな」  とアリカを一瞥すると、土手を下りて行った。 「ガトーさん、ぼくの助言が台無しですよ」  ヘーゼルの胡乱なまなざしを受け、ガトーが頭をかく。 「聞こえちゃったかな。でも、女のコに恩を売るなんて野暮だよね」 「それよりわたし、敵認定されたんですけど……」  すでに面倒くさい予感にアリカが駆られたとき、ホームの上から声がかかった。 「いつまで遊んでいるの? ガトー」  一分のずれもなく整列した騎士のコスチューム部隊。  最前に立つ美少女が、呆れたようにこちらを見ている。    ここで初めてアリカは、自分を取り巻く景色が異質なことに気づいた。  リーフ模様の装飾を施したガレリアが覆う、見たこともない駅舎。  屋根の吐水口には(いかめ)しいガーゴイルが鎮座し、蔦の這う柱廊は遺跡のような往年の栄華を感じさせる。 (ここ……どこ?)    ホームの騎士団はみな帯剣姿で、列車に集う機関士や駅員たちも見慣れない制服だ。あの廃駅を出て一時間。近辺に、こんなテーマパークなどなかったはず。    惚けたように周囲を見回すアリカの前に、騎士団を割ってホームからふわりと長耳の少女が舞い降りた。透きとおった水色の髪が、流れるように背を伝う。 「わたしは、生徒会長のユードラ・トレメインです。ようこそ、下賤の者!」  アリカが思わず固まる。 「会長、言い方」  騎士団のひとりが、あわてて小声で添えると、少女は言い直した。 「あっすみません、下々(しもじも)の者、でしたっけ」    真顔のユードラに騎士団がみな無言でうなだれる中、ガトーだけが笑いを噛み殺している。 「会長はまだ人間界の言葉を覚えたてでね、これでも歓迎しているんだよ。  おそらく、アリカちゃんのことを、ひかえめで慎ましやかな人種と言いたいのかと」    騎士団も、苦笑しつつうなずいた。少女のこぼれるような笑みにふくみがないのはなんとなくわかるが、にこにこと悪態をつかれるのも複雑である。 「アリカ、わたしたちは」  ユードラが向き直ったそのとき── 「!」  大音響が突如耳をつんざいた。ホームが爆風の塊に押され、全員の髪がごうと逆巻く。  きな臭い煙や砂埃にさえぎられ、何も見えない。  ズズン……と低い地鳴りが響き、足もとが大きくゆれる。 (な、何……?)  薄れゆく粉塵の中ようやく目を開けると、アリカたちが通って来たトンネルが、地響きをあげて崩れるのが見えた。  駅は、市警が出動する大変な騒ぎとなった。  遠巻きに見ても、内部が落盤し入り口が埋まっているのがわかる。土手で緊急停止した蒸気機関車の調査にあたっていた機関士や作業員たちも、一時避難している。 「とりあえず、ぼくらももどろう」  ガトーに先導され、アリカたちは学園に向かった。  次から次に予期せぬサプライズに見舞わられわけがわからなかったが、堡塁に囲まれた城塞を眼前に仰いだとき、アリカはひとつだけ理解した。    ──ここは、テーマパークじゃない。    巨大な門が内側から開かれ、ユードラが招く先にひとつの『街』が広がっていた。
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