第3章

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 なにやらまたもまとめて恨まれた気がするが、落ちていたビンづめの中身を開けてアリカは顔をしかめた。 「鳥レバー?」 「『アッハ・イシュカ』の弱点は肝臓だ。リフェクトリーから失敬した」 「このために、池までわたしたちを誘き出したの?」 「もとの姿で被ってもらわないと効果が薄いんでね。網にからめたレバーを仕掛けておいた」    容易に想像ができた。わざとヒルダを怒らせ、水中で待ちかまえるカーン。水馬が襲いかかるタイミングを見計らい、準備していた網を引いたのだろう。  なんと用意周到で狡猾な罠か。アリカに企てを持ち込まれることもすべてお見通しだったのだ。  まんまとはめられたことが悔しくて、アリカはくちびるを噛んだ。 「お前、被害者ヅラしてるが、何をしたかわかってるんだろうなァ?」  カーンが不穏な薄笑いを浮かべている。  そう、ヒルダと手を組んでカーンを陥れようとしたことがバレたのだ。おまけに首環の鍵も池に捨てられ、もう逃れるすべがない。 (オワッタ)  アリカはカーンに胸ぐらをつかまれたまま、虚ろに目線だけ逃避した。    突然、涼やかな声が池に響く。 「カーン、何をしているの?」 「か、会長!」  カーンが、瞬時にアリカから手を放した。  向こうの岸辺に、ユードラが立っている。 「カーンたら、森で何を」 「か、会長こそ、こんな僻地へなぜ……」    ギルドの資金源である《万神庁(パンテオン)》には逆らえないのか、生徒会長のユードラに対して、いつもの傲然とした態度は微塵も感じられない。  あのカーンが滑稽なほど焦っている。    跳躍したユードラは、ふわりと浮島へ着地した。ヒルダといい、妖精たちの身体能力にアリカは驚く。 「今、渡しを呼ぶわね」    ユードラが水面に指で波紋を作ると、桟橋から誰も乗っていない小舟(コラクル)が水面をすべり浮島へやって来た。  到着した舟底からさっと小さな影が散る。ユードラが使役したのか、魚が舟を運んで来たようだ。    三人で岸辺へもどるとユードラは、アリカたちを真面目な顔でじっと見つめた。 「逢いびきは禁止していませんけど、何もこんな場所で」 「「違います」」  ふたり同時にハモりを挿む。 「だってヒルダが、池でふたりが怪しいことしてるって言うから」 「なっ……」  カーンから「ヤロウ・シメル」と呪詛のようなつぶやきが小さく聞こえた。  だが彼女が来てくれなかったら、どんな仕返しが待っていたことか。 (もしかして、ヒルダさんなりの助け舟だったのかな)  くすりと笑いをもらすアリカをカーンは不審げに、ユードラは不思議そうに眺める。 「まあ、誰も来ない場所で会いたい気持ちもわかりますけどね。アリカは貧相でかわいいし」 「だからユードラさん、違」「そうですね、会長。確かにこいつは貧相です」  こっちはわかって言っているのだ。アリカは不快げにぎりぎりと目を細めた。 「でも『語り部(フィラ)の森』はあまり入ってはだめよ。人気(ひとけ)のない場所ですもの。  カーンも知っているでしょ。ここのところ、通り魔事件が多いんだから」 「通り魔事件!?」  思わず頓狂な声があがる。 「ええ、最近増えているの」 「く、くわしく教えて下さい!」    不自然なほど食いついてしまう。だがユードラはさほど訝りもせず、話してくれた。 「そうね、ここ三ヶ月くらいかしら──」    聞けば、女学生数人が髪を切られる被害に遭ったという。 「髪だけ、ですか? 怪我をさせたとかではなく?」 「わたしたち妖精族は、髪を切られると生命力や魔力を削がれるの。  伸びれば回復はするけれど、状態によっては死に至ることもあって、大変なことなのよ」    それでヒルダはあんなに怯えていたのだ。おそらく誓約(ゲッシュ)も薄れて解けるのだろう。 「そういうわけで、どんな理由があっても相手の髪を切るのは校則で禁止しているのよ。あなたたちも、怪しい者がいたら報告してね」 「もちろんです、会長」  カーンが、彼の所業からは想像できないさわやかな顔で答える。 「ところで、そこに持ってる鋏はなあに?」 「「なんでもありません」」   ガラス玉のような瞳に見つめられ、ふたりは棒読みで答えた。  この鋏でアリカはカーンを、カーンはヒルダの髪を切ろうとしたなどと、今は口が裂けても言えない。    ユードラから事件の概要を聞きアリカは大満足だった。まだなんの手がかりもないが、ようやく事件のすそにふれることができたのだ。  ユードラと別れ揚々と校舎棟にもどるアリカに、唐突にカーンが口を開いた。 「──お前、事件のことを知っていたふうだな」 「な、なんのことですかね?」  意図せず声がひっくり返る。いずれ諜報活動をも生業とする者として、こうも簡単にバレてしまうのはいかがなものか。 「余計なことはするな、迷惑だ」 「わたしはなな何も」  隠しきれていないアリカを、カーンは鼻で嗤った。 「……ふん、まあいい。お前みたいなタヌキはどうせすぐにしっぽを出す」 「しっぽ、出てるみたいだけど……」  アリカは目をまるくして、カーンの後ろ姿に見入った。    学生服のスラックス尻部分から、いつの間にかイヌ科の動物のようなしっぽの先が、ぴょこんとのぞいている。 「なっ……!」  カーンがあわててスラックスに押し込めるが、なかなか収まらない。  アリカは自分のしっぽに苦戦するカーンを見ながら、彼は犬の妖精『クー・シー』だとヘーゼルが言っていたのを思い出した。 (ほんとに犬なんだ……)  実家の豆柴を思い出し、思わずコマンドを口にする。 「お手」  ──さっ。  条件反射でついさし出してしまった自分の手に、わなわなとカーンはふるえた。 「覚えてろ!」  牙を剥き出し威嚇しながら走り去ってゆく後ろ姿は、負け犬のように下を向いていた。
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