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——その間わずかゼロコンマ数秒。
腕を振り下ろした要の目の前には三枚のブロックが既に要を待ち受けていた。
瞬間的に弾かれたボールはこちらの床へ落ちていく。だが、ほぼ全員が攻撃に参加していて今、落ちるボールのフォローに誰も行けない。
(嘘だろッ! おい、おいおいおい!!)
逆転勝利寸前のラストスパイク。ラリーも続き両チーム互いに高め合う良いシチュエーション。一本目は司が身を挺して拾ったボールを、二本目は摂田が倒れ込み膝をつきながらわざわざ上で後ろにいる要までトスを、それから三本目の要にはおあつらえ向きのような変態的なトスが繋がって。
ブロックされようもない常軌を逸したセットアップで、相手の全ブロッカーに捕まった。
大事な一点を失点した。これは実質「負け」だった。
事実、これを契機に相手は活気を取り戻した。摂田が握り締めていた流れを要が渡してしまった。
それから、同点に並ばれた後の記憶があまり残っていない。
それでも、要たちを制したチームがこの小さい公式戦の覇者をなったことだけはどうしても頭から離れない。
今立つ閉会式の総評として、あの白熱した試合を絶賛していることしか耳に入ってこない。地獄耳もいい加減にしてほしい。その他の表彰なんてものは、ノイズが掛かってよく視認も傾聴もできなかったのに。
全てが終わり漠然と帰路に着こうとする要に、摂田が声をかける。「久々に公園で対人して帰ろうよ!」。
(久々? 公園でやることがか? 対人ならいつもやって——)
ない。いつからか、セッターを勤務怠慢な行動で動く摂田とはペアを組まなくなったのだ。それさえ忘れていた。
一抹の罪悪感を抱えていると、司が心配の声をかけてくれる。その間に摂田が部のボロボールを一球借りて、一緒に公園へ向かう。
ラリーをしてからも暫くは無言で。
「今日は惜しかったね」
「……悪かった」
「僕が謝る方だよ」
ここで続いていた何気ないラリーをストップさせる。「あの状況で、初めて競うバレーが楽しいって思えたからさ。僕、好き勝手しちゃった」。
「どう言う意味だ」
「覚えてる? 小学校の頃、僕がセッターを嫌がって、監督を困らせてたこと」
「ああ。セッターは嫌がるわ、俺と同じ場所でやりたがるわで。それでいて試合にも出たがるわだったな」
「そうそう! 同じ場所から一緒に打つんだって監督にごねてさ」
「でもね。あの頃は、というか今も、試合に出ること自体は重要じゃないんだよね」とボールを強く抱きしめる摂田。
「恭弥がそこに立ってるから、僕もそこに立ちたかった。それだけ」
摂田にとって要という存在は要が思うより大きいらしく、恥ずかしそうに続ける。
「楽しく一緒にバレーをしていた時期から、急に真剣に部活に取り組み始めた恭弥が遠くなった気がして。ちょっと拗ねてみんなに迷惑かけちゃった」
「そうだったのか」
「もっと早くにこうしてサシで話しておくべきだったな、俺ら」要は空気をひとつ飲み込んで、静かに吐露した。
「俺はお気楽にバレーができて、尚且つ一年からレギュラーに入れるところに進学したのがこの学校。こんな浅はかな動機で入部して、初めて公式戦で周りのレベルを見てみて、圧倒されたんだよ。自分の甘さが恥ずかしくなった」
「だから、真剣にやりだしたの?」
「そうだな。それもある。でも、お前だよ。繋」
「僕?」
「さっきの試合」
摂田が止めていたラリーを再開させる。トス専門というだけあって、要の構えた位置にボールが吸い込まれていく。職人の成せる技だ。
「あれだけのプレーができるのに、俺に合わせて進路を決めていたのだとしたら、俺はどんな顔して隣に立っていればいい?」
「いつまで繋に退屈させたままでいるんだって考えたら、焦っちまった。最初から退屈させていたのにな」自重気味になり、つい返すボールがブレる。
「——僕と一緒にいること前提で話してくれてるんだ」
摂田が嬉々として言う。思わず構えた手からボールが滑り、トチって顔面からボールを迎えてしまった。なんとも情けない姿だ。
「そりゃ、いつも一緒にいたんだから、当たり前……え?」
「ううん、それが聞けただけ安心した!」
ボールは摂田の元へ転がる。それを拾いながら「だったら尚更、今日の試合の敗因は僕にあるよ。ごめんなさい」と再度謝ってくる。
「監督も言ってたでしょ、あれだけトリッキーなトス回しをあの短い間隔で繰り出してたら相手も慣れるし、何より普通の攻撃は無視してくるようになっちゃってたって。だから僕が、悪いんだよ」
手に取ったボールを持って要の元まで駆け寄った摂田。差し出されるボールと共に「でも仲直りするきっかけがあって良かった!」という。
そのボールを見て要は今日何度目かの唾を飲み込んだ。ボロボールで汚いのは当然だが、さっきまでは無かった血痕があちこちに散見される。その原因と思しき摂田の指は、巻いたテーピングからも同じ色をさせていた。
「ちょ、こっち来い!」
要は司に内心舌打ちをしながら、先ほど話しかけられた際に渡されたクリームをカバンから取り出す。
「ったく、まだ残暑も残る秋だぞ!! どんだけ練習すればこんな指に……」
テーピングを外して露になった荒れ放題の摂田の両手を片手にまとめ、空いたもう片方の指でクリームをすくって大量に塗りたくる。それに気付けなかったのはどうやら要だけらしいのだから余計に苛立ちは募っていく。
「だから、監督は審判に声かけてたってのかよ」とひとりごちる。
「どうりで、ちょこちょこボールを拭くなとは思ってたんだよ」
「——まだじゃないよ、もう秋なんだよ。進学してからもう半年以上が過ぎたんだよ」
「……」
摂田は要とすれ違っていた期間を短いと言うのが気に入らないのか、塗られている指に力が入り始めた。
「ス、スマン」
「おかげで、拗ねてた期間は恭弥に追いつくために猛特訓できる時間も増えて良かったけど」
この努力の証とも、酷い乾燥肌とも取れる小さめの手は、要が塗る指を捕まえて「すっごく寂しかった!!」と泣いた。
「置いてけぼり、ダメ、ゼッタイ。」
「ゴメンな。また、俺と……」
「うん! 対人もストレッチもランニングも僕とペアね!」
要はひたすら丁寧にクリームを塗ってあげながら、「努力する才能」の代償をまざまざと見せつけられた。
一人小さいから、力が弱いから。
そう言えば、摂田はその類の弱い理由を吐かなかった。
——摂田繋という男の真髄は要よりも太かった。
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