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その1 絵を描く少女
教員採用試験に合格した私に、突然に勤務する学校から連絡が来た。どうやら四月から勤務することが決まったようだが、驚いたのはその後すぐに挨拶に来るように言われた事だった。いきなりのことばかりで、心がついていかない。
のちに同期の友達から聞いたが、どうやらどこの学校でもそうやって採用が決まると突然に呼び出されるようだった。しかしその状況を理解する暇もなく、あっという間に三月が終わろうとしていた。
通うには距離があったため引っ越し先も慌てて探し、学校開始前には練馬区にある住宅街に何とか住む部屋を決めることができた。住むことになった部屋はそれなりに綺麗で広々としている。勤務開始まであと数日、というところで運び込んだ荷物を整理する作業に私は追われた。大体は処分したつもりだったが、思ったよりも残っていることを実感する。手伝いには弟の優斗が来てくれていた。
「姉ちゃん、これ何?」
優斗が手にしたのはぼろぼろのお守り袋で、部活を頑張る私に先輩がくれたものだった。
「ああ、それ高校の時先輩から貰ったやつだよ」
「ええ? これ?」
「うん、捨てないでよね」
「姉ちゃんさあ、何でもかんでも取っておくのかよ!これなんかめくってもめくっても、全部白紙じゃん。どこか思い出らしいもんでも書いてあれば分かるんだけどさあ」
「うるさいなあ」
「はぁ、分かったよ、でも置く場所あるのかよ」
そう優斗から言われ、捨てるべきものが山ほど段ボールに入っている気がしたが、ひとまず知らんふりをしてみる。
「それよりさあ」
「なあに?」
「ほんっとに、ここ大丈夫なんだろうな」
「何が?」
優斗の言葉に、自分も感じていた不安を刺激されたが平然を装う。
「何がって、この部屋家賃三万円だろ」
「うん」
「三万って……おかしくないか?」
「どういう意味?」
「だからやばいんじゃないのかって」
「特に不動産屋からは説明が無かったけど」
「自分で住むところくらいちゃんと決めろよ、事故物件とか、なんかあるんじゃねえの?」
「優斗に相談したじゃん、家賃とか見積、全部見せたでしょ?」
「うーん……まあ、そうだけど……」
西武池袋線大泉学園駅から徒歩五分、築八年で割と綺麗なマンションだった。勤務先が決まって慌てて不動産屋に問い合わせの電話をした際に、ちょうど空いたとのことでそこに決めた。その時はとにかくどこでもいいから住めるところを探していたので、家賃や住み心地については一切考えなかった。
「都内のこんないいところでその金額って、怪しくないか?」
「しょうがないでしょ、急に決めなきゃいけなかったし、ここしかなかったんだから。はい、この話はおしまい、さっさとやろうやろう」
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