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その1ー2 絵を描く少女
「まあ、大丈夫ならいいけど」
「大丈夫だって、心配しすぎだって、それより夕飯食べて行ったら?」
「夕飯って、この状態で作れるのかよ」
「大丈夫だって、キッチンくらいなら使えそうでしょ」
とはいっても、部屋中は段ボールがまだまだ山のように積みあがっていた。この状態で夕飯を用意できるかと言ったら無理があるかもしれない。
「いいよ、明日仕事だし」
「あ、そう」
「それじゃあ、またな」
優斗はそう言って足早に出ていった。
一人になった部屋の中では物音ひとつしない静けさが全体を包む。大学の寮では周りに壁越しにでも同じ学校の人間が住んでいると分かっていたが、全くの独りきりでの生活は初めてなだけに、一人になると無性に寂しくなってくる。こんな時、女子なら友人に電話でも掛けるのだろうが、そんな相手がいるわけでもない。
なぜここまで不安なのかというと優斗の言う通りこの部屋がわけあり物件なのかもしれないというのを心のそこでは感じているからだ。
不動産屋と話をしているうちに、話の節々で妙なことを口にしていたのは分かっていた。しかし迷っている時間も無く、仕方ないとは思っていたのは事実だ。不動産屋の話しぶりと家賃はここまで広いのに三万円という安さが何よりも怪しかった。
考える暇を作らないようにすぐに風呂に入った。床も壁も汚れのない真っ白な浴室でシャワーを頭から浴び続け、その後は一時間近くぼうっと風呂につかる。あまりの心地よさにこの時間は私にとって絶対的に必要な時間と感じた。
そうしているうちに、うとうととしてきて目が開かなくなってくる。風呂でなかったらこのまま眠ってしまうところだ。急いで風呂から出ると、体を拭いて身支度を整え布団の中に入る。いつもこの間の意識は全くなく、これは子供の頃からそうだった。両親もこんな私を見ては呆れていたし、修学旅行で同じ部屋だった友達に心配されたのを思い出す。眠くなってから布団に入るまで、他人から見たら全く普通のように見え、会話もしているらしいのだが、全く覚えていない。この時も気が付くと私は布団の中にくるまってそのまま眠りについていた。
それが私が大学を卒業して、社会人になる一週間前の話だった。
四月八日
仕事を始めてから一週間程が過ぎた。
その間どうしていたかって言ったら、特にこれといった記憶もない。
とにかくわけもわからなく学校中をてんてこまいで走り回っていた記憶しかない。
そんなこんなで一週間が過ぎてしまったわけだった。
何があったかなんて考える暇もないくらい次から次へと仕事が舞い込んできて、何をしていたかなんて気にしている余裕がなかった。
こんな忙しいならやらなきゃよかった。
仕事をはじめて一週間で、すでに後悔ばかりで頭の中がいっぱいだった。
しかし、そんなことも考える余裕もないくらい一日一日が過ぎていった。
そして、いよいよ、始業式。
ただでさえ忙しいのに、こんな状況で子供が来るとなると、たまったもんじゃないだろうなあ。
そんなことを考えてしまう。
そして、その日が私にとってとんでもない一日になるなんて思いもよなかっただろう。
そう、全てはここから始まったのだ。
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