第二話 東京は冬眠するんですか?

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 絶海さんのビルは、一階は雑貨屋さんで人に貸しているらしい。二階は喫茶店で、絶海さんがマスターをしているそうだ。その一階と二階とは別の入り口から入ることができる三階、そしてそこから上の階が絶海さんの居住地となっているらしい。  三階には水回りやキッチンがあり、四階には絶海さんの部屋と「きみにはここを使ってもらおうと思うんだが……見てわかる通り、整理できていない」という部屋があった。彼の言う通り、その部屋は全く整理されておらず、(つぼ)(たな)やよくわからない絵や、とにかく様々なものが積まれている。  私は近くに転がっていたものを指差す。 「絶海さん、これはなあに?」 「……海亀の剥製(はくせい)だろうな」 「なんでこんなものがあるの?」  絶海さんは気まずそうに襟を直す。 「ここに引っ越してきたときに前の家にあった荷物をどうしたらいいかわからなくて、とりあえず上の階から突っ込んでいったんだ。だから五階も六階もこの調子で……」 「もしかして絶海さんって家事苦手?」  絶海さんは困ったように眉を下げて「私に生活力はないらしい」と言い出した。 「まあ部屋の準備は明日ヒロに頼んでおく。とはいえ、さすがにこの部屋を使えるようにするには三日はかかるだろう。それまでは私の部屋を使いなさい」 「そしたら絶海さんはどうするの?」 「もちろん私も私の部屋を使うが? なにか問題が?」 「えっ問題しかないんじゃない……?」 「なんの?」  しかし絶海さんは当たり前のように、私の荷物を彼の部屋に入れてしまった。 「……お邪魔(じゃま)します」  彼の部屋にはキングサイズのベッドと着物かける衣紋掛(えもんか)け、オープンクローゼットには数着の洋服、それだけしかなかった。 「絶海さんって……彼女はいないの?」 「特別な人はいないよ」 「子どもは?」 「どこかにいるかもしれないが聞いたことはないな」 「……ロリコン?」 「違う。何故そんなことを聞くんだ?」  そんなことを話している間に、彼はバサバサと着物を脱ぎ下着一枚になってしまった。服を着ているときからわかっていたけれど、その体は筋肉質で、ボディビルダーまではいかないが一般人とも思えない肉体だった。  しかも背中に『(こい)』がいた。 「嘘みたいにまじのヤクザの背中ね……」 「難しい日本語を使う子だな……。朱莉も楽な格好にしなさい。私は眠る。なにかあったら起こしてくれ。起きる自信はないが……今日は疲れた……」  絶海さんは下着のまま布団に入り込み、うつ伏せに寝転がり、フ、と息を吐いて目を閉じた。そしたらもう、彼の呼吸はすでに眠っている人のものになっていた。 「そんなすぐ寝ることあるかしら? ……えぇ……本当に寝ているの……?」  その腕をつついてみたが全く反応がなかった。どうやら絶海さんは秒で寝れる体質の人らしい。 「どう、しましょうね……ううん……」  私は絶海さんの脱ぎ散らかした着物を衣紋掛けにかけてから、自分のコートを脱ぎ、絶海さんの言う通りに楽な格好代表であるパジャマに着替えた。 「まだ五時……」  寝るには早いはずなのだけど、私も疲れているのか、なんだか眠たくなってきた。 「……うーん、……絶海さんって、……どんな人なんだろう……」  部屋の隅に座って、ぼんやり絶海さんを見る。その背中は眠っている人の動きをしている。 「……うーん、……ベッド大きいし……もう起きないみたいだし……いいかしら? ……いいわ、怒られたら謝ろう」  部屋の電気を消してから、そっと絶海さんの隣に潜り込む。  目を閉じると絶海さんの匂いがした。お香のような、いい香りだ。なんだか懐かしい。そうだ。前にもこの匂い嗅いだことがある、でもどこだっただろう……そんなことを思っている間に私も眠っていた。
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