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「うわあ!? 同じベッド寝てるって……どういうことですか! あんたはさすがに店のソファーで寝なさいよ! 相手は年頃の女の子ですよ! 起きてくださいよ! 若!」
誰かの声で夢が途切れて、意識が急速に浮上する。
目を開けると見知らぬ天井。体を起こすと、昨日会った人がいた。
「……ヒロさん?」
「あ、おはよう、朱莉ちゃん。若! 朱莉ちゃんはすぐ起きてくれましたよ! 見習って!」
ベッドから降りて、ヒロさんに足を引っ張られてベッドから引きずり落とされた絶海さんを見る。そこまでされても彼はまだ寝ているらしい。その脇にしゃがんでその頭を叩いてみるが反応がない。
「冬眠してるのかしら?」
「若の場合は年がら年中だから年眠っすね。ほーら! 若! 人の形態に戻ってくださいよ!」
「……うるせえな……」
ヒロさんに耳元で叫ばれると、ようやく絶海さんが体を起こした。
ぼさぼさの前髪で目がすっかり隠れている。彼はその前髪を億劫そうにかきあげると「シャワー浴びてくる……」と呟くと、ヒグマのような足取りで立ち去った。ヒロさんはそれを見送ってから私に「若の次にシャワー浴びたらいいですよ」と笑った。
時計を見ると、もう朝の九時を過ぎている。よく眠ってしまったらしい。
「……ヒロさんってお仕事はなにをされているの?」
ベッドメイキングをしているヒロさんに声をかけると彼は首をかしげた。
「俺の仕事すか? 不動産とか企業買収とか、マア、社長ってやつをしていますね」
「社長さんなの? どうしてそんな立派な人が絶海さんのお世話をしているの?」
「ん? お世話? ……お世話しているってつもりはないっすよ。俺は若に恩を返したくて……でも返す先からまた恩が増えていくんで、……ならもう一生若のために働こうかなってだけの話っす」
「そうなの。素敵な話ね」
ヒロさんは眉を下げて苦笑しながら「俺ももう四十路ですからねー」と言った。その年齢にどんな意味があるのかよくわからなかった。今から二十五年の自分を想像してみても、よくわからない。
ヒロさんはパタパタと動き続けている。
「……ねえ、ヒロさん……絶海さんってどんな人なの?」
「え? 話してないんですか?」
「昨日帰ったらすぐ寝ちゃったから……あ! そうだった、手土産も渡してない!」
私はトランクケースを開き、笹団子を取り出した。トランクケースの中はすっかり笹の匂いになっていた。
「腐ってないかしら……」
「腐ってたら腐ってた時ですよ。貸してください。冷蔵庫入れておきます」
ヒロさんに笹団子を渡すと「なんすか、これ。笹ですね」と彼は笑った。
「新潟の名物なの。美味しいお団子。でも一日経っちゃったからもう固くなっているかも」
「そんな消費期限短いもんをなんで手土産にしたんですか? 自由人ですね、朱莉ちゃん……あ。そういや先に言っておきますけど、俺はあんたらが喧嘩したら若につきますよ」
急にへんなことを言うと思ったが、彼は真顔だった。どうやら大事なことらしい。
「でもあの人と喧嘩なんかしたら、私、殺されちゃうわ」
私が苦笑すると、ヒロさんは目を丸くした。
「若は朱莉ちゃんに危害は加えられないですよ。朱莉ちゃんのこと大好きですから」
「大好き? 私のことを? ……絶海さんが?」
「そうですよ。だってあんな書類の束だけで、わざわざ若が一張羅着て、迎えに行ったんですよ? そんな破格の対応は他にありません」
「……そんなこと言われても……」
「その内わかりますよ。若は本当に……」
などとヒロさん話しているとノソノソと絶海さんが戻ってくる足音がした。だから自然と私たちはそちらを向いた。
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