第二話 東京は冬眠するんですか?

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「きゃあ!?」 「なにやってんすか! 年頃の女の子の前で出しちゃ駄目でしょ、その凶悪なXXXX!?」 「……バスローブ忘れた……」  絶海さんはびしょびしょのぬれねずみの挙句に裸だった。ヒエ、と私が目を逸らしていると、ヒロさんがクローゼットにかかっていたバスローブを絶海さんに投げつけてくれた。 「ねむい……」 「いいから羽織って、若!!」 「ああ? ああ、わかったわかった、……羽織った、羽織った……」 「あんた馬鹿でしょ!」  チラと見ると絶海さんはバスローブを羽織って、眠たそうにあくびをしていた。とりあえず服を着てくれたので、ほっと息を吐く。  びしょびしょの前髪に覆われていて彼の顔はよく見えない。ヒロさんはそんな絶海さんの脇を通り「あああ、床ぁ! びっしょびしょじゃないすか!」と叫びながら、廊下に駆けていった。 「頼んだ、ヒロ……」 「あんたね! 俺になんでもかんでも任せて! もう! 動かないで、そこ座ってて!」 「はいはい……」  ベチャリと板張りの廊下に座り込んだ絶海さんは、前髪をかきあげるとぼんやりとした様子で、せかせかと動き回るヒロさんを見ていた。これはまだ寝ているだろうなと思いながら観察していると、私の視線に気がついたのか、絶海さんがヒロさんから視線をずらして私を見た。 「……朱莉?」 「うん、朱莉だけど……」 「……」 「ねえ、起きてる?」  絶海さんはうつらうつらと舟をこぎ出してしまっていた。  その髪から滴が落ちるのが気になった私は、トランクケースからバスタオルを取り出して絶海さんの頭を拭いた。その濡れた前髪を指ですくうと眠たそうな目がこちらをじっと見ていた。 「起きてるの?」 「ウン、……」 「寝てるのね?」 「ウン、……」  赤ちゃんみたいな人だなと思いながらその頭を拭いていると、ヒロさんは廊下を拭いて戻ってきた。彼は私たちを見ると「保護者としての立場がなさすぎる、若!」と嘆いた。 「朱莉ちゃん、手間かけてすいません……若! 起きて! 背中の鯉が泣きますよ!」 「……魚は泣かねえだろ……ああ、わかった、起きるから耳元で騒ぐな……頭に響くんだよ……」  のろのろと絶海さんは立ち上がると私が持っていたバスタオルを首にかけた。 「あ、取られた……」  絶海さんにはびっくりするぐらい花柄のバスタオルが似合わないが、本人は気にしていないようだ。彼は欠伸をするとバキバキと首を鳴らした。 「飯くれ、なんでもいい」 「すぐ作りますからリビングで待っててください」 「寝てるから、ここに持ってこい」 「駄目ですってば。はい、行きますよー」 「うー……ううー……」  首輪つけられて無理やり散歩させられている老犬みたいだなと思いながら、私は彼らの後に続いた。絶海さんはキッチンに辿り着くとぐったりとダイニングチェアに座り込み、ヒロさんはキッチンをパタパタと走り回る。 「ヒロさん、……私、シャワー浴びてくるね?」 「ああ、どうぞ! 脱衣場にバスタオルありますので使ってください。洗濯機に入れておいてくれたら洗っておきますから」 「ありがとう、ヒロさん」  退室しようとしたら「朱莉」と絶海さんが私を呼んだ。振り向くと、絶海さんは半分しか開いていない目で私の方を見ていた。 「一人で大丈夫か? (おぼ)れないな?」 「どうやってシャワーで溺れられるの?」 「ならいい……置いてあるもんは好きに使え……」  絶海さんは欠伸をすると、そのまま食卓に伏せてしまった。私は「はあ……じゃあ遠慮なく」と返事をしてから風呂に向かった。
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