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「ごちそうさまでした。すっごく美味しかった! ありがとう、ヒロさん」
「はい、どういたしまして。朱莉ちゃんは素直で可愛いですねー」
「そうー? あはは」
「……朱莉」
渋々そちらを見ると、絶海さんはジメーっとした目つきで私を見ていた。だから同じようにジトーっとその垂れ目を見返す。
「だって、会ったこともないおっさんに可愛いなんて言われても気持ち悪いじゃない」
絶海さんは心から悲しそうに眉を下げた。子犬のような顔だった。
「そんな顔されても困るわ!」
「会ったことないなんて……そんな言い方ないだろう。きみが生まれてからの二年と八ヶ月、私が世話をしていたんだぞ」
「……え? そんなの、聞いたことないよ?」
絶海さんは目を閉じ、ヒロさんは何故か機嫌悪そうに眉間に皺を作った。でも私は本当にそんな話は聞いたことがない。
首をかしげるとヒロさんが無言で立ち上がり、本棚から何冊かのアルバムを取ってきてくれた。
「これが朱莉ちゃんと、……朱莉ちゃんのお母さんですね」
「あ、本当だ。お母さんだわ」
そこに若い母が産まれたばかり赤ん坊を抱いている写真があった。病院での一枚のようだ。アルバムに母の写真はそれだけだった。
ページを捲ると『びっくりするぐらいのイケメン』と『赤ん坊』の写真が並んでいた。
イケメンが赤ん坊を真顔で抱いている写真、真顔のまま赤子のオムツを替えている写真、泣きわめく赤子を真顔であやしている写真……さらにアルバムをめくっていくと赤子が成長していき、そのイケメンの真顔がたまに崩れるようになっていた。笑った時にできる皺が魅力的だった。
その写真のイケメンと目の前のイケメンを見比べる。
「絶海さん、若い頃モデルみたいね」
絶海さんは嫌そうに顔を歪めた。
「それは心底どうでもいい。きみもきみのお母さんもなにを見ているんだ」
「だってイケメンじゃない……」
私が口をとがらせると絶海さんが困ったように笑った。
「大事なことは私にとってきみは特別で、可愛くて仕方がないということだよ」
たしかに小さいときに世話をしてくれていたなら特別なのかもしれないが、可愛い、というのは一概に頷けない。私は頬を掻く。
「小さいときは可愛くても……これだけ大きくなったら可愛くなんてないでしょ?」
絶海さんは心底不思議そうに首をかしげた。
「可愛いことに期限はない」
「え、キモ……」
「何故気持ち悪がる? ……女性に気持ち悪がられたことなど人生で一度もないぞ……」
「イケメンは言うことが違うのね」
「とにかく今日は買い物をしよう。ヒロ、部屋の掃除を頼む」
絶海さんは無理やりその結論を出すと「歯を磨いて着替えたら出発しよう」と笑った。これ以上断るのはさすがに角が立つだろうと思って「助かります」と私は頭を下げた。
絶海さんはそんな私の頭を撫でながら「ウン、それでいいよ」と嬉しそうに笑った。その笑い皺が魅力的だった。
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