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第三話 東京はショッピングモールですか?
「机と椅子と……あとなにが必要なんだい?」
「机も椅子もリビングで勉強させてくれればいらないわ」
「それなら……ウーン……なにか……必要な物ってなんだ……? 犬でも飼うか?」
絶海さんは生活力がなさすぎてどうやらなにが必要なのかわからないらしい。私が「あとで窓のサイズ計ったら新しいカーテンを買ってもいい? アノネ、私、アメリみたいな部屋に住んでみたいの、落ち着かないかもしれないけど……」と聞くと「ウン、いいよ。朱莉は赤が好きか?」と彼は嬉しそうに微笑んだ。どうやら絶海さんはほしいものを言えば買ってくれるし、私がほしいものを言ってくれる方が助かるらしい。『じゃあなにをねだっちゃおうかしら、なーんて』と考えていると、絶海さんがなにかを思い出したように「あ」と言った。
「六階にもトイレとシャワールームがついている。私もヒロも使わないようにするから好きに使いなさい」
私は目を伏せて「はぁ」と返す。なんとなく気恥ずかしかったからだ。絶海さんはそんな私を見ながら「昨日きみを案内しなかったのは、前に入り込んできた女性のものが残っていたからだ」と苦笑した。
「……え? 入り込んできたってなあに?」
「私は昔からストーカーに遭いやすくてな、勝手に荷物を持ち込まれるというか、寝てる間に同居人が増えているというか……気がついたら世話されてるというか……」
「怖すぎるんだけど、えっ、怖すぎるんだけど!?」
「だから戸籍が勝手に移されても、マアそんなこともあるかというか……」
「それは本当にうちの母がごめんなさい」
「マア、きみがいる間は同居人が増えないように努める」
「努めてなんとかなるものなの?」
絶海さんは目を伏せて少し黙った後、「ヒロがなんとかするだろう」と全部ヒロさんに押し付けた。だから私は絶対にヒロさんと連絡先を交換しようと決めた。私を保護してくれるとしたら恐らくこの人ではなくヒロさんだ。しかし絶海さんはそんな私の決意に気が付く様子なく穏やかに微笑む。
「それで朱莉、ほしいものはあるかい?」
「……参考書と文房具がほしいわ」
「わかった。じゃあ本屋に行こう。大きい書店の方がいいだろうか?」
「大きい書店ってなあに?」
「……佐渡島に書店はあるのかな?」
「あるよ! 佐渡を馬鹿にしてるの!?」
「馬鹿にしたつもりはないんだが……マァ、歩くか。おいで、朱莉」
絶海さんが私の肩に腕を置いて私を引き寄せた。
彼は全身黒づくめのフォーマル、私は中学で買ったダッフルコート。はたから見たら私たちはどんな風に見えるのだろう。……ヤクザに襲われている中学生だろうか。それは否定ができない場面である。
「絶海さん、私一人で歩けるわ」
「私が歩けない」
サラっとそんなことを言われては肩に置かれた腕を振り払いにくい。私が顔を歪めると、彼は楽しそうにクククと笑った。
「そんなに私に触られるのは嫌か?」
「絶海さんだから嫌というわけではないの。ただ、……適切な距離があると思う」
「介護だと思って我慢してくれ。私は道中寝ない自信がない」
「なにかの病気?」
「……出不精なんだ」
「病気じゃないわ、それ」
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