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第一話 東京駅に車で迎えにいけますか?
「……もう大丈夫だ、朱莉」
『彼』の声に恐る恐る目を開けると、私を囲んでいた三人の男全員が地面に倒れていた。
さっきまで彼らに囲まれていた私を無視して通りすぎていた雑踏は、倒れた彼らのことも同様に無視して足早に通りすぎていく。遠くで、電車のアナウンスが繰り返されている。この東京駅はとてもたくさんの音が雑音と化しているようだ。不思議なところ。
私はトランクケースから立ち上がり、一番近くに転がっていた男の肩をつま先でつついた。意識が落ちているらしく起きそうにない。少し離れたところに転がっている他の男二人も意識はないように見える。
よくないことだけど、ほっとしてしまった。そのぐらい怖かったから。もう怖い人たちは倒れていてよかった、と無責任に思ってしまった。
額の冷や汗をぬぐい、それから私は『彼』を見上げた。
「怪我はないか?」
『彼』はとても背が高くて、私より頭二つ分は大きい。
年齢は三十そこそこぐらいに見えるけれど、もっと年上の人のオーラがある。恰幅がいいからか真っ黒な着物がよく似合っていた。男の人とは思えないほど綺麗な肌をしていて、短い黒髪を後ろに流し額を晒すスタイリングも素敵だ。目の前まで歩いてくるとお香みたいないい匂い。
整えられた眉、黒目がちな垂れ目、高い鼻、口角のあがった唇、一目見たら忘れられないぐらい綺麗な顔をしている。
しかし私は『彼』に全く覚えがなかった。
「……あなた、だれですか?」
「五言時 絶海だ」
「……もしかして、……おじさんですか?」
彼は優しく微笑んだ。
「そうだ。だが、絶海と呼んでくれ」
「……絶海さん」
「絶海でいい」
さすがにそれはと断ろうとした瞬間、絶海さんの足元に転がっていた男が肩を動かした。だけどその男が顔を上げる前に、絶海さんがその男の後頭部を踏みつけていた。ほんの一瞬で再び意識を失った男の手からナイフがこぼれ落ち、床を滑っていく。
ナイフが遠くに転がっていくのを目で追っていると、視界に影が落ちた。
「あ……」
絶海さんが私に手を伸ばしていた。
殴られる、と咄嗟に目を閉じる。が、その大きな手はとても優しく、私の頬に触れた。
「……さて、……帰ろうか、朱莉」
かさついた冷たい手が私の頬をムニムニしてきた。目を開けると、彼はとても楽しそうに笑っている。
私はムニムニされながら『どうしてこんなことになったのかしら』と、ここに至るまでのことを思い返していた。
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