衣類復活のプロたち

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「お願いします! このハンカチを復活させてください! 死んだばあちゃんに買ってもらった子供のころからの宝物なんです!」  男が持ち込んだのは真っ白なハンカチについてしまった小さな染み。時刻は夕方17時前、モリモリクリーニング店の閉店直前に駆け込んできた。たかがハンカチだが、男にとってはされどハンカチだ。  このクリーニング店は実際の洗浄を行う場所と併設しており、早い、安い、真っ白!!!(ビックリマークは必ず三つで表記)をモットーに地元住民から愛されている。 「復活ときたかい、坊や」  受付のトメさんが不敵に笑った。染みはかなり手ごわそうだ、普通のクリーニング店なら日数頂きますよ、とか完全には抜けないかもしれません、とか言われているところだろうがモリモリクリーニングは違う。 「みんな、久々の獲物だよ!!」 「獲物?」  客の男が首を傾げると奥から数人、ゆらりと姿を現す。 「おやおや、久しぶりですね」  クリーニング屋愛用超音波染み抜き機を持って現れたのはクリーニング王と呼ばれたゲンさんだ。ちなみにクリーニングには全国大会というものが存在していて(実話)染み抜きの正確性や速さを競うのだが10年連続一位でレジェンドとなり大会を引退した。 「ゲンさんばっかりにオイシイところ持って行かせませんよ」  続いてホームセンターでは売っていないプロ御用達洗剤と洗浄専用歯ブラシを持って、元ハウスクリーニングのスペシャリスト、ミスター渡辺が不敵に笑う。作業していたらしくクマちゃんエプロンをつけていた。 「今日は残っていたよかったわ、こんな機会に恵まれるなんて」  どんなゴミ屋敷もピカピカにしてきた伝説の家政婦富田さんがゴム手袋をきゅっとつけながら準備を整える。スーパーのタイムセールは諦めたようだ。 「目をギラギラさせちゃってまったく、肉を前にした猛獣だね」  そして受付をしている専業主婦歴40年のトメさん。米のとぎ汁や大根おろしなど昔ながらの知恵袋で汚れと戦ってきた彼女もニヤリと笑った。  綺麗にしてください、なんて言葉はよく聞くが「復活させてほしい」というのは職人魂に火が付くパワーワード。十年以上可愛がり真っ黒になってしまったぬいぐるみも、恋人の前でカッコつけようとお高いレストランに行ったらワインをぶちまけてしまったブランドもののスーツも、雨上がりの翌日気持ちよく洗濯物を干してたらスピード出し過ぎの車に道の水たまりを思いっきりはねられて泥水まみれになった洗濯物の大群も。すべてこなしてきた。  どうか真っ白に復活させてください。  不安そうになりながら、泣きながら、呆然としながら、いろいろな感情が復活させてほしいという言葉に宿っている。彼らはプロだ、客の悲願を達成することこそ生きがいなのだ。  真っ白になった相棒達を受け取る時の、お客様の顔を見た時が一番心躍る。 「なんだかよくわかりませんが、心強いです! じゃあ他の染み抜きもお願いします!」  ハンカチの他にもドサっと持ってきた物をカウンターに広げると、トメさんは無言のまま電話を取り出した。 「通報のご協力ありがとうございました。それにしても、何故彼が妻を殺した殺人犯だとわかったんです?」  警察官と一緒に、男を乗せたパトカーをみんなで見送りながらトメさんはぽつりと言った。 「いやだって。血まみれのブラウスとデニムと靴下と下着とラグとバスタオル3枚も持ち込んでくるから……」 「見事なまでの誰か殺しちゃいましたみたいなセットですね」 END
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加