再会の日

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底の薄い上履きが、足に沿って三日月に曲がる。 そして地面から離れる、が、数秒もたたないうちにまたその上履きは地を踏み締めた。 飛べないーーーー 横を見ると、色素の薄い茶髪を靡かせて、少年が飛んでいた。何故、何が違うのだろう。ナナは両足をベタりと地に着けたところから、小さく二回ほど跳んで首を傾げた。少し離れたところから、今にも飛ぼうとしている少女が、心配そうにナナを見ている。恥ずかしい、へらりと笑っておどけてみせる。「お〜かしいな〜。」と、ひとりごとも付け加えておく。 嘘だ。本当は今にも泣きそうだ。喉の奥が冷たくつんと詰まり、目の周りが熱い、ギリギリだ。 「ナナ、歩いてごらん、そうそう、上手だ」パパの声が聞こえる。「ナナ、すごい、お利口さんね。」ママの声だ。首を振って目を瞑る。そう、いつも二人は、優しく教えてくれた。生まれつき足の悪い私に、ああ、どうだったか。 「こうやって、そう、地面を、そうだ、上手いぞ。ほら、ゆっくり、地を踏んで、体の体重を一度全て地面に返すんだ、そして、さあ、地面を柔らかいゴムだと思って、身体には羽があるんだ、そうだ!」 「ナナ、楽しいね、すごいね。」 そう、二人のおかげで、私は走ることさえ出来たのだ。楽しかった、とても。なのに私は、二人を残して死んでしまった。私はとても幸せだった、充実していた、充分な愛を受けていた。 でも、また、二人に逢いたい。願わくば、今度は同じ血の通った家族として。食卓を囲み、言葉を交わし、手を繋いで眠りにつきたい。そして私が今度は、二人を愛し、助けて行くのだ。 そう願った時、私はここに居た。 しっている、学校だ。下を見ると、足があった、白い上履きを履いている。手のひらには幼さが残り、柔らかい。周りを見渡すと、同じような格好の少年少女が、ぽつぽつと歩いていた。そして、皆、ふと思い立ったように空を見上げて飛ぶのだ。嬉しそうに。その理由はナナにもすぐにわかった。 声がするのだ。パパとママの。思い出や記憶では無い、今の二人の声が。空を見上げて、手を伸ばすと、ぐっと空を掴むようにそれは見えた。二人が穏やかに笑いながら、私の写真を見て、涙を流している。「また、会えるわよね…また」と、信じて待っていてくれているのだ。 「にゃあ!」 すぐ近くで聞こえた声に驚いて、ナナは横を見た。黒い髪の少年が、軽く飛んで空に消えたところだった。彼は、猫だったのだろう。 ああ、わかる。皆何かの動物だった私たち。人間に愛を頂いた私たち。願ったのだ、同じように。愛する人間になりたいと、そして同じように自身も愛することをしてみたいと。 ナナは深呼吸をした。上履きの底が強く曲がる。全体重を、地面に預け、背中には羽をイメージする。地は柔らかい、私を飛ばしてくれる。大丈夫。目を開けて、地から足が離れた途端、視界が反転し、ぼやけた色が目の前を覆った。 「ああ、貴方、可愛いね。」「うん、本当に。」 夫婦は産まれたばかりの我が子を抱きしめ、顔を見合せた。 「ずっと子供は出来ないと思ってたから…本当に嬉しい。」女性は愛おしそうに赤子の頬を撫でて言う。「あの子が連れてきてくれたのかな。」男性の言葉に、女性は微笑んだ。「私、実は夢を見ていたの、ずっと同じ夢よ、ナナがね、何度も跳ねて、私のお腹の上で遊ぶ夢…、おかしいでしょ、妊娠する少し前から、ずっとよ。」 その話を聞いて、男性の頬を細い涙が伝う。 「ああ、もう少し、もう少しだけ、一緒にいたいと、僕らが願ったからかな。」 赤子の小さな手が、女性の指をしっかりと握った。
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