85《数年後 私達が手にしたもの》

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85《数年後 私達が手にしたもの》

そよそよと心地の良い風が頬をくすぐり、新緑の香りと、甘い花の香りがふわりと漂う午後の昼下がり。 きゃあきゃあと騒ぐ子供の笑い声に、私はぼんやりと瞳を開いた。 「おはよう、珍しいねアルマが寝てしまうなんて」 すぐ隣から声がかけられて、パチパチと瞬いている内に、ついっとグリーンの瞳が私を覗き込んで、優しく瞳を細めた。 「んん、昨夜よく眠れなくて」 伸びをして、起き上がる私にユーリ様は「そっか」と笑って、グラスに入った果実水を差し出してくれる。 「そろそろ寝苦しくなる頃だもんねぇ、どんな姿勢でもしっくりこないし、トイレも近いし」 そんな事もあったなぁ~とどこか懐かしむように眼を細めた彼女のその視線の先は、青々とした芝の上で遊んでいる子供達へ向けられている。 クルクル回るジェイドの腕に掴まって、キャアキャアと歓声を上げて大喜びする8歳のマーガレットと…もう反対側に掴まり、やはり同じように大喜びしながら「もっと!もっと!」と笑う7歳のオリヴィア そして「僕も僕も!」と次を強請る5歳のアルフレッドに、そんな彼等をそっちのけで、シェリン相手に勇者ごっこをしている3歳のエリオット。 ユーリ様がお産みになった王女と、その後に私とジェイドが授かった3人の子ども達。 そして今、私のお腹の中にいる末の子ども。 先程からもぞりと、お腹の中で動いてその存在を主張しているその子に答えるように、ゆっくりとお腹を撫でる。 初夏を目の前にしたとある休日。この日はジェイドのもつ郊外の離宮で、ユーリ様とシェリンと息子のアルフレッド合同のお誕生日会を開いていた。 一通りバースデーを祝う料理を味わって、セレモニーを終えれば、子供達は我慢できずに離宮の広大な庭に飛び出して行ってしまった。 もとも身体を鍛えているジェイドは普段から子供達のいい遊び相手なのだが。シェリン自身もとても子供が好きらしく、パワフルに遊んでくれている。 そんな元気な彼等を眺めながら、シェリンのパートナーであるアニーが焼いてくれたお菓子を摘んで私とユーリ様はその微笑ましい光景に眼を細める。 子供達はまだ、誰が本当の父親なのかは理解をしていない。それでもジェイドやジフロードは毎日顔を合わせているし家族のように接している。 子供達もそれに疑問を持つ事なく、甘える相手や相談する相手を自分で選んで頼っていて、みんなで足りないところを補いあって育てているような形が完成されている。 「そう言えば、マギーとヴィアが最近、自分たちも剣術を習いたいと言い出しているんだけど、アルマはどう思う?」 ユーリ様に問われて私は苦笑する。 どうやら先日、軍の公開訓練でシェリンの姿を見た2人は、他のご婦人方にもれず彼女の勇姿に夢中になってしまったらしい。再三強請られていてどうしたものかと思っていたのだけれど、ついにユーリ様にまで交渉したようだ。 「ジェイドは護身術にもなるし、いいのではないかと言っていますが、きちんとした師がいるのかどうなのか…シェリンがいいのでしょうけれど、彼女も多忙だし王都にいる期間もまちまちでしょう?」 実はその事で、話は未だに進んでいない。どうしたものかと悩んで、子供達が興味を失う前に、ユーリ様にも相談をと思っていた矢先だったのでちょうどいいタイミングではあった。 「たしかに、シェリンなら適任だろうし、彼女なら喜んで引き受けてくれるだろうけれどね…ただ彼女は今の任地でも随分と必要とされているからあと2年は動けないしねぇ」 悩ましげに唸ったユーリ様から出たのは、ジェイドも言っていた事と同じで…。 「私とジェイドのスケジュールを調整してみるか…ただ日が限られるしなぁ。ん~でも学ばせるのなら、女の子だし、きちんとした型を教えたいしなぁ」 いざ教えるとなれば生半可な事を学ばせたくない…そうならば自分の手で教えた方がいいという考えに至ったらしい。その過程が、驚くほどジェイドと同じ思考の流れで、つい私は笑ってしまう。 「私には剣術のことはまるきり分からないので、この件はジェイドとユーリ様にお任せしても?」 そう問えば、ユーリ様は頭を傾けて考えながら、「うん、少しジェイドとすり合わせてみるよ」 と頷いた。 おそらく今夜にでも、2人の間でその相談がされるのだろう。 私はその決定を待って、2人の娘達のスケジュール調整を命じて段取りを整える事になるだろう。 「それにしても、ついに自分ではっきりやりたい事を大人に主張する歳になったんだねぇ」 感慨深げに呟いたユーリ様の言葉に私は頷く。 上の2人が女の子であるからなのか、子供達はここ数年で急速に大人びたような気がする。 あと10年もしてしまうと、きっともう私達の手元を離れていってしまうに違いない。 そう考えると無性に寂しく感じて涙が込み上げてしまいそうになる。 「あと15年くらいかなぁ、そんな頃にはみんな巣立つんだろうね…そんな頃には、私も国王を早めに退こうかなとは思っているんだ」 感慨に耽っていた私の隣で、ワインを一口飲んだユーリ様が、そうつぶやかれて、私の方に身体を向けた。 ユーリ様の引き時…それはつまり私が王妃の職からも身を引く事を示唆していて、初めて言及されるその詳細な時期に、私も背筋を伸ばして対峙する。 「先日アースランとチェルシー妃のところに女の子が生まれたじゃない?サマンサ妃との間にも3歳の女の子がいるし…現状私の性別が暴かれようと、どうあっても1番の後継者はアルフとエドである事は間違いないわけで…そうであるならば、早めに正しい道に戻してやるのがいいのだと思うんだ。」 私が表舞台から引けば、全ては正常な形に戻るはずだから。 そう言ってユーリ様は微笑んで「アルマはどう思う」と問うてきた。 つい1年ほど前、ユーリ様とジェイドのお父上である先王陛下がご病気で身罷られた。 病に伏している所を子供達と何度か見舞いに行った際に、先王陛下から私はいずれ彼女がこういう判断をする事がある事は示唆されていた。その時は、ユーリの思いに沿ってやってほしい…と。 そして 「ユーリ様が望むようになさって下さい。ずっと決められた中で生きていらしたのですから、そこからはユーリ様の人生として生きて下さい。」 最後まで先王陛下がご自身の口からは罪深くてユーリ様には伝えられないと言っていた言葉を私の言葉として伝えて欲しいと。 私の言葉に、ユーリ様が一度驚かれたように言葉を失って、そして次の瞬間には破顔される。 「参ったねぇ、アルマには本当に私は救われてばかりだ。ねぇ私はいったい君に何を返せばいい?」 その言葉に、私は微笑んで首を振る。 「何も必要ありませんよ。これでも欲しいものは全部いただきましたもの。幼い頃からお慕いしていた方の家族になって、そして愛しいパートナーと結び合えて、子供達に恵まれて…これ以上望むことなんてありませんよ」 キャァっと子供達の歓声が上がる。 どうやら、遅れてくる予定だったジフロードと彼の息子達が到着したらしい。 ジフロードの息子達は、18歳と13歳でこうした内輪の祝い事やイベントなんかの時には、友人として顔を出す事もある。 やってきた彼等に、すかさず飛びついて行ったのは私達の可愛いお転婆娘達だ。長兄のハリーにはすでにジフロードからマギーの出生についての話がなされていて、彼は笑顔でマギーを軽々抱き上げるとクルリと一回転して、抱き上げたままジェイドとシェリンの方へ向かっていく。 一方のヴィアは、なぜかジフロードと彼の次男のチャーリーがお気に入りのようで、2人の手を取ってそのあとについていく。 その姿を眺めながら、2人で顔を見合わせて、くすりと笑う。 「私の人生を…か。実はね、引退したらアルマに一つ私のわがままを許して欲しいんだけど、だめかな?」 見返したユーリ様のお顔は、少し申し訳無さそうに、眉を下げていて、どこか緊張しているようだった。
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