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教会の鐘が盛大に鳴り響く。
側に立つ夫の姿を見て、私はほうっとため息を吐いた。
肩まである金髪の髪は、今日は後ろでくくられて、スッキリとした顎のラインがまた色気を醸し出している。そして、長い睫毛に覆われたグリーンの瞳。
なんて美しいのかしら。あぁだめ、これ以上見ていたら鼻血が出そうだ。結婚式中に鼻から流血する王妃なんて、いい笑いものだ。
それだけは避けなければ…。
私は慌てて視線を戻して前を見据える。今日、私は初恋の君と結ばれるのだ。これほど幸せな事はない。あぁ神様ありがとうございます。もうこれ以上の幸運は欲しがりません。この方に寄り添っていけるのであれば、私は何もいりません。
ステンドグラスに描かれた神々に私は胸の内で、感謝の意を告げた。
そう、これが私が幸せの絶頂にあった瞬間だ
絶頂と言うことは、その先には下りがあるわけで…しかしそれなかなかな急斜面だったと実感したのはそれから数時間後のこと。
「おめでとうございます兄上」
挙式に、パレード、王宮の高窓からのお手振りが終わり、ほっと一息ついた所。
私と陛下の控えの間に、簡単なノックとともにやってきた彼を見て、私は息をする事をしばし忘れた。
銀の飾りがついた漆黒の軍礼服に身を包んだ、スラリとした長身の、麗しい男性。
スッキリとした頬にかかる黒髪に、陛下と同じ色のグリーンの瞳。
中性的でお綺麗という言葉が似合う陛下とは対照的にキリリとした顔立ちは、男らしく麗しい。
彼の名はジェラルド。ユリウス陛下の弟だ。
一瞬記憶の中のその人と合致しなくて、私は声も出せず、ぼやんと彼を見つめた。
「間に合ってよかったジェイド」
「申し訳ありません、引き継ぎに手間取りまして」
「いや、直前になってこちらから随分と無理難題を要求してしまってすまない。」
2人が抱き合って、陛下が肩を叩く。
美しい金と黒、対照的な麗しい男性2人の抱擁と並んだ姿は、眼福である。
あぁやばい、破壊力抜群、また鼻血が出そう。
思わず口元に手を当て(るように見せかけて鼻血がでてないか確認して)2人を眺める。
一通り挨拶を済ませた2人がこちらを見る。
「久しぶりのご対面か?」
2人を見比べて陛下が笑うから、私は慌てて立ち上がる。
「はい、何年ぶりでしょう?」
たしか最後に会ったのは、私が社交界デビューをしてしばらく経ってからのことで…。
あれはどれくらい前なのかしらと考えていると、クスっと彼が笑う。
「久しぶりだな、アルマ、いや今日からは姉上か?」
キリリとした切れ長の瞳を細めて、妖艶とも形容できるほどの甘やかな笑みは…反則だと思う。
「お久しぶりです。ジェラルド殿下」
なんとか言葉を紡ぎ出す。
「随分と他人行儀だな、昔のようにジェイドと呼べばいい」
近づいてきた彼は私の手をとると、手袋越しに手の甲に口付ける。とても紳士的な振る舞いだ。
「とても美しい花嫁姿だっただろ?」
陛下が隣に立ち、私の腰に手を当てた。
「えぇ本当に、隣の兄上に嫉妬をおぼえましたよ」
立ち上がったジェイドが冗談めかして笑う。強烈な、破壊力抜群な、艶かしい、とにかくすごい(語彙力)流し目で。ゾクゾクっと背中を何か分からない刺激的なものが走る。
なんて色気なの!?
彼、こんなんじゃ無かったはずなのに!
私の記憶の彼は、そう…思い出した4年前。ひょろりと細くて、まだ背もそれほど高く無かった。兄君と同様、昔から顔立ちは恐ろしく整っていたけど、どこか中性的で可愛らしい顔立ちだったような気がする。
ただ、そんな顔立ちとは裏腹に、兄君とは違い随分とやんちゃというか、武闘派で身軽な身体を生かして、あれこれいたずらを働いては臣下達を困らせていた。
当時令嬢の中では、なかなかのおてんば娘だった私も、時々彼について走り回っていたものだ。
そう…だから私は混乱したのかもしれない。
目の前の彼は、あの頃の悪戯わんぱくジェイドとは、全然違ったから。
「戻ってきたの?」
なんとか紡ぐことができた言葉は、それだけだったけど、私の言葉を聞いた彼は眉を寄せた。
「聞いてないのか?」
「あれ?話したと思うけどな?」
陛下が、首を傾げる。
「ほら、一昨日の食事をともにした時に、私の婚姻を機にジェイドが戻ってきて、軍司令の傍ら私の補佐に回るって。」
「一昨日?」
陛下の言葉を反芻して、私ははっとする。
あの日は、今日のリハーサルの日で、頭に詰め込む事がたくさんありすぎて、私の頭の中は半ばショートしていた。
それはもう、愛しの陛下の言葉すら耳に入らないレベルで、食事の味も感じられ無かった気がする。その時に言われた事であるならば、記憶にないのも頷ける。
私とした事が。
「あぁ、そう言えばそんなお話を聞いた気も…申し訳ありません。あの日は式のことで覚える事が多くて、頭が混乱していたものですから」
恥じ入ったように笑みを作り、素直に詫びる。
ギュッとジェイドが握ったままだった私の手を強く握った。
どうしたのだろうか?と彼を見る。彼の切れ長の瞳のが宿す色に、見覚えがあった。
あ、これは怒ってる。
「まぁ、昔からアルマは兄上一筋だからな、俺の事なんでどうでもいいだろうさ」
そう言って、今度は握っていた私の手を放り出すように離した。
睨みつけられた瞳は冷たく光り、静謐に整った顔立ちゆえに、迫力は抜群だ。
あぁそうだ、思い出した。
私はこの彼の顔が昔から嫌だったのだ、だからよく私達は…。
「当然でしょう?今更何を言っているの?貴方と陛下なんて比べるまでもないでしょう?第一あの日は頭の中パンク状態だったんだから!貴方の話じゃ無くても式以外のことは、全部頭の中スルーよスルー!」
「はっ?こんな事だけで頭いっぱいとか、王妃がつとまるのか?」
「失礼ね!あなた花嫁が覚えなきゃならない作法や段取りがどれほど沢山有るのかどれほどプレッシャーか分かってもないくせに!」
「知るわけないだろう!俺は男だ!だいたい俺は王弟だぞ!その王弟の帰還を聞き流すとか正気か?」
「そうね!きっと正気では無かったのよ、あの時は!ついでに言えばまだ正気でないかもしれないから、また貴方の事を忘れるかもしれないわ!ごめんなさいね!」
「相変わらず可愛くない女だな!」
「貴方に可愛いなんて思っていただかなくて結構です!」
そう、私達はこうして度々喧嘩した。
短気で頑固な彼に、そして同じく頑固で負けん気の強い私
3年の月日が経って互いに成人を迎えても、私達はどうやら変わらないらしい
「まぁまぁ2人とも…いやぁでも2人の仲裁に入るのも久しぶりだなぁ懐かしいなぁ」
そしていつもの仲裁役だった陛下も変わらず、私達のやりとりを楽しそうにニコニコしているのだった。
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