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翌朝、ユーリ様のお部屋を訪ねてみれば、可愛い赤子が一生懸命に乳を吸っていた。
「ご体調はいかがですか?」
そう問えば、赤子を穏やかに眺めて微笑んでいたユーリ様がこちらに視線を寄越して。
「問題ないよ。ちょっと筋肉痛がひどいけどね!」
と肩をすくめ、「こればかりは仕方ないってマーサに言われたよ」と笑った。
「よく飲んでいますね?」
赤子の顔を覗き込んで、そう問えばユーリ様は「ふふふ」と笑った。
「昨日の今日で、まだそんなに出てないみたいだけどね。それでも、ずっと吸っていたいみたい」
昨日はあまりじっくり見ている余裕もなかったけれど、一心不乱に乳を吸っている赤子の髪色はユーリ様や王太后陛下よりも鮮やかな金色で、時折薄らと開ける瞳の色はブルーのようだった。
父親であるジフロードもグレーに近いブルーの瞳で、ユーリ様のお父上である先王陛下は澄んだブルーをなさっているから、お目や髪の色で出生を疑われる事はないだろう。
「お名前は決められました?」
そう問えば、ユーリ様が、ふふっと何かを思い出されたかの様に肩を揺らした。
「マーガレット…マギーにしようかと思ってね。ジフがいくつか考えていたみたいで…その中で一番しっくり来たんだ」
そう微笑んで「どうかな?」と首を傾けて問われて、私は大きくしっかりと頷く。
「素敵ですね、確か花言葉は秘めた愛とか信頼でしたっけ?なんだかジフロードからの愛の告白みたいですね」
秘められてはいても、あなたを愛して信頼している。そしてこの子がその証だと…彼は含みたかったのだろうか。
私の問いにユーリ様は肩を揺らして笑うと、乳を吸っているうちにうつらうつらし始めた赤子の尻をトントンと叩き出した。
「あぁ見えて割とロマンチストなんだ。あとね、真実の友情なんて意味もあるんだよ?この子はあの時、他でもないアルマが背中を押してくれたから今ここにいる。ジフも私もアルマにはとても感謝しているんだ。」
トントンと、規則正しい音が心地よく部屋に響く中で寝入っていくマギーをうっとりと見つめたユーリ様は、とても穏やかな様子で私に笑かけたけれど…すぐにその顔にはわずかな憂いを覗かせた。
「この子にも色々と背負わせることになのが心苦しいけれど…この子らしく伸び伸びと育って欲しい。昨日、ジフとも相談したのだけど、物心がつくまでは、母親はアルマ、父親は私と言うことで何も明かさず育てていこうと思っているんだ。本当の事は、この子が色々学んで理解できるようになったら伝えようと思うんだけど、アルマはどう思う?」
問われて、私はゆっくり頷く。私自身も、何度もそれについては考えていた。
どんなタイミングでどんな形で、大人達が接して子どもを守り育てていくのが最良なのか。
それはマギーだけでなくて、これから産まれるかもしれない私とジェイドの子どもだってそうだ。
母であるのに母として接する事ができないユーリ様。
そして父と名乗る事も出来ずに近くで見守るジフロードと…将来的にはジェイドもその立場になるわけで…。
男や女、恋人や家族ということだけでなく、今後は父母として複雑な思いを抱えていく事になるのだ。
それでもやはり、子供達にはいずれ真実を話して理解をしてもらわなければならない。それは彼等の身と立場を守るためにも必要なことだ。
「ジフロードがそれを納得しているのなら、私もそれがいいと思っています」
ハッキリそう告げると、ユーリ様はゆっくり頷かれて。
「ジフもそれでいいと言っている。ただしマギーが理解できるようになったら、ジフの息子達にはきちんと真実を伝えたいと言っているんだ。おそらく彼の子供達は、その頃になれば成人しているだろうし、マギーを守るために働いてくれるだろうって」
ジフロードの家は優秀な政治家を代々排出している侯爵家だ。当然彼の息子達もそのラインに乗るように教育を受けており、ゆくゆくはこの国の中枢を担う事になるのだろう。
「それはとても心強いですね。私もそれがいいと思います。でもユーリ様はいいのですか?」
母と呼ばれて、子供の成長を楽しみたい気持ちももちろんあるだろうに。
そう問えば、ユーリ様はついに眠りに落ちしまったマギーの顔を眺めながら
「いいんだ、こうして経験できただけで…十分。年が明けて議会が開いたら乳母に任せるつもり。公務をしながら乳を飲ませるのは現実的じゃないし、何よりお腹が空いて乳を飲みたい時に飲めなかったら、この子が可哀想だし」
もう今は、こうしていられる事だけで幸せなんだ。とそう微笑む彼女は、辛い選択をしているはずなのに、晴れやかな顔をしていて。
きっと妊娠が分かったころから、人知れず長い時間をかけて考えて出した答えなのだと、私は理解した。
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