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「何かあった?」
手を止める。
身を半ば起こし、非常灯の微かな灯に浮かび上がる顔を見下ろす。掌の中で十分な熱を伝えてこないそれと同様、無表情な、何かに耐えているような顔。自分への欲望そのものでできているかのような器官が力を失ったままでいることに、一抹の不安を覚える。
彼は大きなため息をつく。
「うん、実はさ……」
いつになく素直に語り始める。
「こないだ、君が男と腕を組んで歩いてるの、見ちゃったんだよね」
「それって」
「水曜日。残業して、食事がてら一杯飲んだあと。11時ごろだったんじゃないかな」
「ああ、あれ」
あたしは胸を撫で下ろす。
「弟よ、あれ。関西の大学に行ってるんだけど、今帰省してきてるのよ」
「ほんと?」
「うん、だって……」
枕元のスマホを手に取り、一枚の写真を探し出す。
「ほら、これ。家族写真。あたしが高校卒業する頃のだけど」
「顔まで覚えてない」
「じゃあ結局証明できないじゃない。信じてよ」
「信じたい、けど」
「どうしたら、信じられる?」
聞きながら、一度離した手を再び彼のそこに伸ばす。
「こう? こうしたらいい? ……ほら、これはどう?」
「ちょ、やめ……」
力と熱が漲るのを感じながら、ふと、昔聞いた童謡を思い出す。
(男の子はなんでできている……)
彼の手も動き始める。首の後ろに回し、引き寄せて唇を合わせ、舌を絡ませながら、もう一方の手を体に這わせる。
(欲望と、プライドと……力と熱、かしら)
片手で彼を煽り続け、演技と本気半々の声を漏らしながら、どこか冷ややかに考える。
(じゃあ……女の子は……あたしはなんで出来ている?)
彼の指がその答えを探すように秘められた場所を撫でる。
("気持ちいい"と、誘惑と……)
思い出しながら。過去に重ねた行為を。
(嘘と、秘密)
実の弟と、繰り返し味わった快楽を。
今現在彼が引き出す感覚を記憶と重ねながら、その深淵に、限りなく、沈んでいく。
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