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第二章 Ⅰ節 西行
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アシュヘル高地を東西に横断するホシュウル山地を南へ横切ると、眼下に広大な白い平野が見えた。
白く見えるのは雪ではなく砂地で、春になれば背丈の低い草が生い茂る草原となる。平野からもう少し南に行ったところに住む遊牧の民は夏に羊を追う場所であるが、今は無駄に広く何もない土地である。
起伏の少ない高地の平野には、いくつにも曲がりくねる川が流れ、シャリムのきりりと凍てつく冬の静けさに鈍く光っている。
山河の陰影が雲間から差す光で刻一刻と変わり、雪が覆う山脈がさらに南に霞んで見えた。
「生きるには事欠かない場所ですが、好んで住む場所ではございません」
そう語ったのはイグナティオ=スー=スーシ、西方の商業都市ネルウィオスの商人である。馬革で簡素に作った上着を羽織り、栗色の髪と整った顔に女受けの良い笑みを浮かべて、商売上の謙遜で身を固めた案内人は、白い吐息を吐きながら、とある一団を先頭で率いていた。
「この先、山肌の道に添って西へ向かえば、シーラーズの町に着きます、皇子殿──失礼、アルメスと呼ぶべきでしたな」
イグナティオは後ろに振り返って、葦毛の馬に乗る少年に言った。白銀の長髪を後ろで結び、深々と外套を被って顔を隠しているが、端正で幼げなな目鼻立ちと澄んだ蒼い瞳が、生まれの貴さを感じさせずにはいられない。シャリム皇国第六皇子ファルシールである。
「そなたの事はどう呼べば良いのであったか、商人」
ファルシールはわざとらしく呼び方を間違えたイグナティオに緩やかな反撃を返した。
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