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夜話
ある日の夜に、私は目を開いた。真っ暗な夜だった。
辺りは薄暗くてどこに何があるのかもわからない。ただ、そこは何処かの部屋の中である。それだけははっきりとわかった。
明かりも灯っていない部屋だった。窓からも月の光さえ入ってこない。だが、不思議と明かりを着けようとは思わなかった。
部屋の暗さが心地好い。不安など露ほどもなく、そのまま目を瞑って眠ってしまいそうだ。
月明かりさえない、真っ暗な夜だった。
ただただ闇が居座るその部屋には私一人しかいなかった。
最近、愛犬を亡くしたばかりの私の心には未だ寂しさが根を張っていた。いつもならば家の何処かから自分以外の呼吸が聞こえる。気配がする。それは癒しであった。
愛犬の存在自体を自分の生の一部としてしまったら、喪ったときの悲しみを全ての人が乗り越えられるのだろうか。ペットロスと一言で言ってしまえばそれまでだ。従順で愛らしい存在に依存する人は多いと思う。かく言う私もその一人であったのだから。
私は愛犬のぬくもりを忘れられずにいた。
恋しかった。寂しかった。淋しかった。しかしいつまでもそんなことを言い続けてはいけない。
犬と人は生きることのできる時間が違う。わかっていた。わかりきっていたことだ。それを承知で愛犬との時間を選んだ。
最期の冷たくなった犬を忘れられない。硬く、ただの物体となった愛犬を忘れられない。死の臭いがする、かつてお日さまの匂いがしていた愛犬を忘れられない。
あの存在が恋しい。恋しかった。
時間が経ってそんな感情も次第に落ち着くと、私はこう思えるようになった。
「愛犬は見守っていてくれる」
更に時間が経つと、
「愛犬は一緒にいてくれる」
自分が忘れない限り、あの存在は自分の中に居続けてくれる。そう思えるようになった。
冷たく暗い、一人きりの夜にも慣れ始めていた。
そんな時分の夜話であった。
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