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その真っ暗な部屋には私と、闇だけがいた。それは心地好い空間であった。
風も吹かず、物音一つもやって来ない。まるで、時間が止まってしまったようだった。
そこでふと、私は壁だろう場所に目をやった。そこにはほんのわずかな隙間があった。アリすら入り込めないほどの些細な隙間だ。紙一枚がやっとすり抜けることができるくらいの隙間。
あると言われればあるし、ないと言われればないかもしれないと思ってしまうくらいの隙間だった。
私は目を逸らした。
特に気にするようなことでもないだろう。
そこから目を遠ざけようとした。
しかし、そこからは小さな音が漏れていた。その音も隙間のように意識しなければ気がつかないものではあった。気がつかなければよかったのだ。だが、私は聞いてしまった。その音を拾ってしまった。
「コッチヘコイ」
私は目を瞑った。
壁の向こうにいるだろう何かと意識を隔てようとした。
「コッチヘコイ」
「コッチヘコイ」
「コッチヘコイ」
「コッチヘコイ」
「コッチヘコイ」
「コッチヘコイ」
そっちへはいきたくない。部屋の暗闇は心地好い。だがそっちへはいきたくない。そっちの闇は深すぎる。暗くて、黒くて、自分がとけていなくなってしまう。
「コッチヘコイ」
壁の向こうにいる何かは私を呼ぶ。
お前も此方へこいと手を招く。
「いきたくない」
私はそれを拒絶する。
この部屋から出たくない。私だけのこの空間から出たくない。
姿の見えない壁の向こうの何かは、闇に紛れて絶えず私に声を投げ掛け続けた。
闇の中の黒は姿を隠して見えなかった。
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