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02.日差しを浴びて
エデイン聖国、ブルーガーデン州。大陸の南東に位置するそこは夏場の観光、別荘地として近年、注目を浴びていた。内陸部には豊かな森林地帯が広がり、中央の都市部では更なる誘致のため区画整理や観光施設の開発が進んでいる。地名を体現したコバルトブルーを一望するビーチには、今年も観光客が押し寄せた。
そんな人気右肩上がりの観光地ではあったが、元々は土着宗教の敬虔な信者たちが集まる田舎街。都市部や観光スポットから少し離れてしまえば、未だ古びた石造りの街並みが残っている。そこがまた「映える」らしい。
清貧な教会で、今日も信仰の篤い信者たちが神父らと共に教典をなぞる。そこへ隣接された孤児院。……の、さらにすみへ併設された土壁の平屋。
まるで後から取って付け足されたようなその平屋は漆喰がはがれ、屋根の瓦は色あせていた。
「マリアー。ご本よんで」
「ゴメン、フィル。アタシ、聖書は読めないの……」
「どうして?」
マリアは神妙な面持ちで手渡された本をやんわりと少年の鞄へと戻す。
「聖書を読むと、眠くなっちゃう病気なのよ……」
「そうなんだぁ。病気、なおるといいね」
「フィルは優しいわねー。代わりにお絵かきでもしない?」
純真な少年の髪を撫で、マリアは代わりにクレヨンの箱を彼に差し出す。
室内は弱々しい冷房がかかっているものの少しばかり生温い。マリアはテーブルの真ん中であくびを噛み殺す。彼女の周りでは子どもたちが自身の色で画用紙を彩っていた。
「ねぇ、マリア。わたし、このあいだの『オニたいじ』のつづきがききたい」
お絵かきに飽きたのか。マリアの隣に座っていた少女が手を挙げる。
「ニーナも! 『オニたいじ』はどうなったの?」
思うままにマリアの髪を結っていた少女も次いで顔を輝かせて身を乗り出す。
少年少女の熱い視線が集中する。ならばと、マリアは応えて得意げに胸を張った。
「みんなはそーんなにアタシの活躍が聞きたいのかしら?」
「ききたーい!」
示し合わせたかのような子どもたちの合唱にマリアは深く頷く。
「いいお返事ねー。そうまで言うなら聞かせてあげようかなー。どうしようかなー」
「はいはい。残念ながらマリア・ベルの武勇伝はR-18指定だから10年後くらいにな」
もったいぶる彼女の口上を、呆れた声と共にノックがさえぎった。
青年のため息にマリアは口を尖らせ、一斉にブーイングが巻き起こる。
「ほらー! アルフレッドがきちゃったじゃん!」
「ちょっと、アル。もう少し空気読みなさいよねー」
「君が『オニたいじ』の話をすると、俺がまた神父やシスターから小言を言われるんだ……」
片手に紙袋を抱えたアルフレッドは、入口の扉を開いて固定する。途端に乾いた熱気が温い部屋の空気を押し出した。
「みんな、シスターが探してたぞ。このあとはミサの準備で教会の掃除をするんじゃなかったのか?」
「えー。まだマリアのお話しきいてないのに……」
「アルフレッド。シスターにおねがいしてよー」
「怒ったシスターから角が生えてきても、俺は知らないからな」
アルフレッドが頭に指を立てて見せると、渋々と言った様子で子どもたちは席を立つ。
「またこんどお話してね、マリア!」
「ニーナもお掃除がんばってねー」
駆けて行く小さな背に手を振るマリア。アルフレッドが冷房の電源を切ると部屋はぱったりと静まり返った。
マリアは体を伸ばし、少女の手によって中途半端に結われていたサイドテールを適当にまとめ直す。
「そんじゃ、昼飯でも買いに……」
「行く必要はない。このままミーティングに直行だ」
「だと思った……」
廊下の奥を指差すアルフレッド。マリアは肩を落とした。
アルフレッドは手にした茶色の紙袋を差し出す。見慣れたロゴマークがプリントされたそれからは、ニンニクのきいたソースと揚げ物の香りが漂う。
「どうせまたコレだろ? ギュンターの点検も終わったぞ」
「準備のよろしいことで……」
「すぐに終わるミーティングだ。昼飯のついでに付き合ってくれ」
アルフレッドから無造作に渡された紙袋を受け取ると、好物の香りに胃袋が掴まれた。文句を呑み込み、マリアは重い足取りで彼の後をついていく。
窓の外で箒を手にした子どもたちが庭を駆けていった。
古い床板は2人が足を置いただけで鈍く軋む。廊下の突き当りへたどり着くと、アルフレッドは薄い扉を軽くノックする。
扉を開けば漂う、紫煙と酒気。陽気なリゾート地の陽ざしもブラインドで全てさえぎる薄暗い部屋。そこはお世辞にも快適な空間とは言えなかった。
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