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「カニ美味いか?」
「うん。ほっぺたが落ちそう」
「よかったな」
「うん、貴くんのおかげ」
ともすれば無言になってしまうカニ料理。
私たちもご多分に漏れず・・・。
深夜のホテルの部屋で茹でカニをむさぼり食べる新婚夫婦。それが今の私たちである。
ーーーー遡ること8時間前。
会場に入る前にひと悶着あり肝を冷やした。
その後、事務所指定の席に座り、西さん主演の映画を観てLARGOの主題歌の生演奏を聴いてとても感動して泣きそうになった。
西さんの映画はアクションだけでなくその背後の人間ドラマもとても丁寧に描かれていたし、映像も特別にきれいでまさに映像美としてとても素晴らしかったけれど、私の一番はやはりLARGOの音楽だった。
私はずっとライブに行くことを遠慮していて、彼らの生演奏を聴くのはあのタカトが倒れたライブ以来だったから。
「どうしました?果菜さん、手が痛むんですか?」
隣に座る青山君がそっと尋ねてくる。
自分でも意識しないで左手の薬指にはまる指輪に触れていたらしいことに気が付いて頬が熱くなる。
こうして指輪に触れていると貴くんと離れていても彼の存在を感じることができる気がして最近では半ば癖のようになっていた。
「何でもないの。ありがとう。ごめんね、大丈夫だから」
照れ隠しに微笑むと青山君は驚いたように目を大きくして私を見つめ返してきた。
あれ?私何か変なこと言ったかな。
「ああー、青山氏、畏れ多くも進藤さんの奥サマに対して近付きすぎぃー。しかも笑顔に見とれるとかやばくない~?」
朋花さんが身体を寄せて小声でからかってきた。
その声に青山君がびくっと体を揺らす。
何だか仔犬みたいな動きだと思ってくすっと笑ってしまう。
「気のせいですよ。それに、近くにいないとボディーガードはできませんから」
ぶすっとして背もたれにもたれかかった青山君はやっぱり年下の可愛い男の子だと思う。
試写会もLARGOの演奏も大好評のうちに終了して後は映画祭のアフターパーティーを残すのみとなった。
青山君の指示で席を立ち、広い通路の端で待っていると、真紀さんの担当マネージャーの渡辺さんが急ぎ足で私たちの元にやってくる。
「お待たせしました。楽屋に案内しますからどうぞ」
IDパスを見せながら幾つかのセキュリティを通過して連れて来られたのは西さんの楽屋だった。
「こ、こここ、こんばンは」
ようよう声を出した私に「ふふっ、落ち着いて」と笑い出したのは素敵なパーティードレスに身を包んだ真紀さんとタキシード姿が光り輝く西さんだ。
周りに控えるスタッフの皆さんも笑いをこらえて肩を震わせている。
私だって普通にあいさつしたかったんだけどっ。
どうにも緊張には勝てない。
「いらっしゃい、姫、朋花ちゃん」
西さんは笑顔のまま立ち上がって握手をしてくれる。
もう何度も会っているし、貴くんを含めて食事にも行ったりしているのにのにも関わらず西さんには未だにド緊張してしまう。
でも、ファンってこんなもんだよね。
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