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しばらくそうしていると、不意にしゃくりあげる私の顔を両手で挟み、自分の顔の正面に持ち上げる。
「やだ、泣いて不細工な顔見ないで」
ひくひくしながら声を出すと、貴くんの顔が近付いてきた。
キスされると思った瞬間、私の頬にあった手が離されてーーーデコピンがとんできた。
「いったーい!!!」
ははははと笑い出す貴くんと痛みで涙が止まる私。鼻水は止まらないけど。
「はい、お仕置き終了」
それからまた私を抱き寄せてぎゅっとしてくれる。
「ホントに果菜といると退屈しない」
私を胸に抱いて小さく息を吐いた。
「・・・心配かけてごめんね」
「いいよ。退屈な人生よりも果菜とスリリングな人生を歩んでいく方を選んだんだ。この先もずっと俺のことハラハラさせればいい」
なんか、全然褒められてない。
私といること自体がスリリングなのか。
「俺に刺激を与えられるのが果菜だけってことだ。大丈夫、スリリングなだけじゃない、安心も安定感ももらってるから」
ーーようやく温かい唇が落ちてきた。
温かい旦那さまの胸に抱かれて愛情を確かめ合った後、
ーーーこうして二人でカニを食べている。
カニグラタン、カニサラダ、カニ寿司、かにしゃぶ、カニの天ぷら・・・カニ料理は何でも美味しいけれど、私は一番シンプルな茹でカニが大好き。
その茹でカニをたくさん持って帰って来てくれた旦那さまに大感謝。
「美味いか?」
「うん、おいひい」
「食いすぎて腹壊すなよ」
「うん、わかってるけど、止まんない」
さすがに冷たいビールはダメだろうと温かいお茶にはしたのだけど。
貴くんの顔を見た安心感からか食欲が爆発して手が止まらない。
大好きな人と食べる大好きなものってどうしてこんなに美味しいんだろう。
幸福感でいっぱい。
「果菜、カニ程度じゃ太らないと思うけどな、結婚式が決まったらいきなりダイエットなんかはするなよ」
「決まったの?」
「いや、まだだけど。結婚式は前に言った友達のリゾートホテルがこの秋に開業するから、そこでその開業直前にやれないかと思っていたんだ。でもな、やっぱり結婚式だけは海外で身内だけでやりたいと思い始めた。披露パーティは果菜が嫌だというならやらなくていい」
「どういうこと?」
「果菜の希望も入れたい。どう思う?」
私と貴くんの結婚式。
でも、私の結婚式であって私のじゃないと思う。
私は進藤貴斗と結婚したけれど、貴斗はLARGOのタカトでもある。
「私は貴くんの嫁になりたかっただけだから正直なところ、そんなに結婚式の夢はないんだよね。式を挙げてもらえるんだったらそれでいい。うちの両親にはウエディングドレス姿を見せてあげたいの。でも見せられればどこでどんな風にやっても文句ないの。
貴くんの妻になるってことは普通ではいられないってわかってるし。事務所の意向とかしがらみとかファン心理とかいろいろ問題あるでしょ?私にはチンプンカンプンだもの。
だから、お任せします。あ、でも、着るドレスだけは自分の意見も入れたいな~」
カニ爪の奥に詰まった身とカニフォークで戦っていたのをしばし中断して答える。
結婚式や披露宴なんて私の意見まで聞いていたらまとまるものもまとまらないはず。
そりゃあ昔はいろいろ夢もあったけど、この状況になれば文句など言えないと思う。
「そうか、任せてくれるんだな。良かった」
貴くんは少しだけホッとした顔をした。
やっぱりいろいろあるんだね。
そうしてまた二人してカニに戦いを挑む。
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