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可哀想な果菜。
芸能界のような足の引っ張り合いのはびこる汚い世界で生きたことがない果菜は他人の悪意を受け流すことができない。
俺はゆっくりと果菜の頭を撫でる。
「ユウキの誕生日パーティーの時だな?」
そう問いかけると、また果菜の肩がびくっと揺れた。
当りか。
よし。
「果菜、確かにお前と出会う前に付き合った女がいなかったわけじゃない。それは仕方ない。でも、乱れた付き合いをしたことはないぞ」
果菜はうつむいたまま黙って聞いている。
「俺が誰かに『さん』付けで呼べと強制したことはないし、『さん』を付けるなと言ったこともない。ただ、年下は普通どんな関係でも「さん」付けしてくるよな」
芸能界だろうが何だろうが大人として今の時代さん付けは常識だと思うのだが、『タカト』が芸名なだけにその使い方は微妙なところだ。
確かにライブなどでは皆『タカト』と叫んでくれるが、それと対面での会話の時とでは同じ話ではない。
男でも女でも礼儀がなってないヤツはどこにでもいるもんだと放置していたのがまさかこんなことになっていたとは。
「俺のことを「さん」付けするしないってのは身体の関係があったとか全く関係ないぞ。だいたいそんなのおかしいだろ」
果菜は小さく頷いた。
「だけど、そんな話を聞かされた後に人前で俺のこと『タカト』と呼ぶのはイヤだろうなってことはわかった」
果菜の頭を、背中を、ゆっくり撫でてぎゅっと抱いた。
「気が付いてやれなくてごめんな」
「進藤さんのせいじゃないよ。そんなことはわかってるの」
「わざわざ果菜にそんなことを吹き込むなんてヒマなヤツもいたもんだ。すまないな。俺のせいで果菜はわかりやすく妬みのターゲットになって」
「ううん、違うと思う。私が弱いからターゲットになるんだよ。もっと自信を持って堂々としてたら彼女たちだってそんな事言ってこないよ」
ふぅん。そうか、そうか。
やっぱり果菜に下らないことを吹き込んだのは女か。
おそらくはユウキの誕生日パーティーに来ていて、尚且つ俺のことを「タカト」と呼ぶ女たちの誰かが果菜に嫌がらせをした、と。
”彼女たち”か。
果菜は今の発言で俺が何かに気がついたことをわかっていない。
嫌がらせをする女たちには少々心当たりがある。
そいつらとそんな関係を持ったことはないが、現在進行形で度々誘われることがあった。
さて、いろいろやらなくてはいけない。
俺は今の人生果菜が1番大切で、果菜の悲しむ顔は見たくない。
「果菜は少しも悪くないし、果菜の気持ちはわかった。でも、俺たち結婚するんだよな。果菜も進藤さんになって。で、子どもができても俺のこと進藤さんって呼ぶつもりか」
「わかってるの。おかしいよね。うん、やっぱり呼び方変える」
果菜は顔を上げ小難しい顔をしてこくこくと頷いた。
「呼び方はゆっくり考えてくれればいいから」
もう一度抱き寄せて優しくキスをした。
果菜を抱きしめながら俺の頭をフル回転で働かせる。
連絡しないといけないところが何ヵ所かある。
俺はこの先の人生全てをかけて果菜を守ると決めたのだから。
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