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俺の表情を読み取ったらしい彼女は「本当に私たちのことは気にしなくて大丈夫ですから」とほほ笑む。
「それよりも、ここからどうやってお帰りになりますか?どなたか呼ぶか、タクシーを呼ぶかですけど。あ、それとも、ついでだからうちの先生に送ってもらっちゃいましょうか?」
先生に送ってもらうとかとんでもないことを言い出した彼女にぎょっとする。
ここの医者とナースの関係はどうなっているんだろう。
「いいえ、とんでもない。すみませんがタクシーを呼んでもらえますか?」
「わかりました。今手配してきますね。それまで休んでいて下さい」
穏やかな笑顔を見せて彼女が出て行ってしまうと、言いようもない不安感のような取り残された捨て猫のような物寂しい気持ちになった。
ただ彼女が部屋から居なくなっただけなのに。
離れた所から彼女と先生の会話が小さく耳に入る。おそらくは隣の部屋か。
「今なにげに僕のことタクシー代わりに使おうとしてたでしょ」
「ええー、そんなことないですよ。先生も私とおんなじであの方のことが心配だろうと思っただけですから」
「調子いいなぁ。全く、そういうところはうちの美知子さんとそっくりだよね」
「だって、私、美知子さんの弟子ですもん。仕方ないじゃないですか」
「全くもう」と言う先生の声は怒ってもいなければ呆れているようでもない。二人の親しさがよく伝わってきた。
「・・・先生どうしましょう。タクシーつかまりません。きっと夕方の電車が止まった影響ですね」
「ああ、電車、まだ止まってたの?」
「さっき復旧したみたいなんですけど、不通になっていた時間が長かったからどこもバスとタクシーは大行列みたいです」
「じゃあ、やっぱり僕の車だな。上夕木さんと一緒に送るよ。深夜の混雑した電車にうちの大事なナースを乗せるわけにはいかないし」
二人の会話で今の状況がわかる。
そうか、あのまましばらく電車が止まっていたのか。
ちょうど帰宅時間だったから大混雑してまだその影響が続いているってことなんだろう。
ここの人たちにはどこまでも迷惑をかけてしまっているんだと気が咎める。
本当なら木田川さんか事務所のスタッフに迎えに来てもらえばいいんだろうけれど、今の体調を事務所に知られたくなかった。
明日からも仕事が詰まっている。
知られれば無理をして調整に動いてくれるだろうが、そうして仕事を飛ばしたくないのだ。
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