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バタンバタンと音がして「迎えに来たわよ-」と新たな女性の声がした。
「あ、美知子さん」
「ーーー」「ーーーー」
彼女の声は聞き取れたけれど、その先の会話の内容はよくわからない。
何か小声で話している。
そのままぼんやりとしていると、
「上夕木さん」とカーテンの向こうから耳障りのいい彼女の声がした。
「タクシーが捕まらないのでうちの先生がご自宅にお送りします。ゆっくりでいいのでお支度してください。お手洗いに行かれるようならここを出て右側にありますからどうぞ」
「いえ、これ以上の迷惑をかけるわけには」
先生に送ってもらうだなんてとんでもない。そこまで図々しくはない。
気が進まないが木川田さんを呼ぶしかない。
スマホを取り出そうとした俺の手を彼女が優しく押さえる。
「お送りするのはカルテの住所の場所でいいんですよね?でしたら先生の自宅の近所なんです。お迎えを待つよりこのまま私たちと一緒に出た方が早く帰れます」
「いや、でも」
「いいんです。こんな時、患者さんは甘えても許されるんです。少なくともここのクリニックでは」
にこりとして、でも、譲らないって感じの芯の通った彼女の表情に俺は簡単に折れた。
「・・・よろしくお願いします」
「はい。モチロンです。お任せください。あ、私がお送りするわけじゃないんですけど」
ふふふと人好きする笑顔を見せた。
その笑顔につられて俺も笑顔になってしまった。
何だろう、この癒される感じは。
今まで感じたことのない穏やかで寄りかかりたくなるような雰囲気は。
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