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「真紀、そのくらいにしときなさい」
社長の呆れ声がして
「婚約パーティーで殺人なんてサスペンスドラマの中だけにしてくれよ」
西隼人も笑っている。
どうやら果菜は秋野真紀にも気に入られてしまったらしい。
面倒くさいことにならなきゃいいんだがと俺は心の中でため息をついた。
西も果菜が気に入ったようで「今度4人で食事をしよう」と誘いをかけられた。
具体的に店の名前まで挙げていたからどうやら社交辞令ではないらしい。
主役たちは他の人たちに挨拶するために離れて行ったが、反対に俺たちに視線が集まりはじめるのを感じる。
今日の主役の秋野が騒いだせいで俺たちも注目を浴びてしまったのだ。
本来なら果菜を目立たないように隠すのだが、今日はこれからが本番。
果菜には秘密にしてあるミッションがある。
「果菜、悪いけどこれ、預かっててくれないか?」
それは片手にすっぽりと収まる大きさの小さなブルーの紙袋。
「これって何ですか?」
「ああ、後でステージに上がるときに使う大切なものなんだ。なくすと困るからちょっと持ってて。」
果菜は不思議そうな顔をしたけど
「わかりました」と素直に紙袋を受け取り、大切そうに両手で包み込むようにして持った。
さて、そろそろ動くか。
周囲をぐるりと見回すと…
おー、いるいる。
俺はほくそ笑む。
俺たちを遠巻きに見ているモデルやアイドルの女たち。
こんなパーティーがある度に俺に近付いて来てしなだれかかったり、中にはあからさまに誘ってきた女もいる。
神に誓って言えるが、そんな女を相手にしたことは一度もない。
…始めるか。
女たちに見せびらかすように果菜の腰に回した手に力を入れて更に密着する。
んんっ?と果菜の口から変な声が漏れる。
「えーっと、ちょっと近付きすぎじゃないですかね?」
「そうか?いつもこんなもんだろ?」
「いえ、違うと思うんですけど」
周りに聞こえないように顔を寄せ合って小声で会話する。
果菜が戸惑うのは当然だ。
今の俺たちはエスコートというよりも半身を抱きしめるような体勢になっていて恥ずかしがり屋の果菜にはかなり厳しい状況。
見てる、見てる。
ギラギラしたオンナたちが果菜を睨んでいる。
果菜と話しながらヒロトの嫁さんを目で探した。
俺の視線に気が付いたヒロトの嫁さんがこちらに向かって歩いて来る。
それを見て社長に目配せをすると
「私、ちょっとあちらにいるスポンサーさんに挨拶してくるわね」
と社長が俺たちに背を向けてスーツの集団の方に歩いて行った。
代わりにヒロトの嫁さんがやって来て果菜に微笑んだ。
「果菜ちゃん、久しぶり」
「あ、琴美さん」
何も知らない果菜はほっとしたように笑顔を見せた。
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