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「ステージに呼ばれる前に俺はちょっとあの集団に挨拶してくるから果菜はヒロトの嫁さんから離れるなよ」
俺がすぐ近くで談笑しているグループを見やると、果菜は一瞬不安そうな顔をしたが「うん」と頷いた。
ごめん、社長も俺も離れてしまうと不安なんだろうな。
わかってるけど、ちょっと我慢してくれよ。
俺は果菜から離れスーツ姿のグループの一人に声をかけた。
「小山さん、お久しぶりです」
「ああ、タカトじゃないか。まさか君から声をかけてもらえるとは嬉しいね」
驚いたように俺の顔を見るこの人は有名音楽雑誌の編集長。
以前、ギターに関するマニアックなコラムを書かせてもらったことがあるのだ。
「小山さんこそ、パーティーに出席されているとは驚きです。こういった派手な場所は苦手ではなかったんですか?」
「そうなんだけど、配置転換で今度から男性誌に異動が決まってさ。これからは今まで逃げてきたこともしないとなんだよね。あ、男性誌って言っても、エログロガセ系じゃないから。ライフスタイルとか総合情報って感じ」
「なるほど」
小山さんはライフスタイル誌の編集長らしくトレードマークの無精髭を綺麗に剃りきっちりとスーツを着こなしていた。
「僕の新しい名刺渡しとくよ。またコラム頼みたいし」
「俺は音楽以外のコラムなんて書けませんよ」
「じゃあさ、インタビューとかどうかな?タカトの素顔に迫るとか」
「考えておきます」
「正式にオファー出すからね」
笑顔で「はい」と返していると、背後から香水のきつい香りがしはじめた。
「タカトさぁん」と甘えた声がして、振り返ると胸元を大きく開けたワンピース姿の見知らぬ若い女。
誰だ、お前。
「ミクちゃん」
小山さんの隣にいた男がやに下がった顔でそう言うのだからこの女はミクちゃんというのだろう。
知らない顔だ。
「なにか用?」
俺が返事をして二言三言そのミクちゃんとやらと話をすると他のオンナたちもぞろぞろと集まってきた。
こいつらハイエナかよ。
「タカトが女の子と話すなんて珍しいから女の子たちが集まってきちゃったけど、キミの『月の姫さま』は大丈夫なのかい?連れてきてるんだろ?」
小山さんが心配して声をかけてくれる。
「ええ、こんな事くらいでやきもちを焼くような女じゃないですから大丈夫ですよ」
ちらりと果菜を見ると、ヒロトの嫁さんとジュースを飲んでいるが、何人かのモデル風の女に囲まれている。
目が合うとぎこちない笑顔が返ってきた。
あれは絶対に大丈夫じゃない。何かまた嫌味を言われているんだろう。本当にごめん。もう少しの辛抱だから。
少し我慢をしてくれ。
今はできるだけたくさんのくだらない女たちを俺と果菜のまわりにひきつけて集めておきたい。
そのためにわざと果菜と離れたのだから。
俺のまわりには誘いをかける下心のある女。
果菜のまわりには嫌みを言うようなくだらない女。
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