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「ねえねえタカト~。この後飲みに行きましょうよ」
「タカト、私をミュージックビデオに使ってもらえない?絶対いい仕事するから。このボディラインみて」
「まだ独身なんだし、六本木のクラブにも一緒に行きましょう。楽しまないと」
「ねえ、タカト」
こっちの女たちもうるさい。
ピーピーキャーキャー何を話しているのか耳にも入れたくない。
何なんだ、この女たちは。
俺が真剣交際していると発表した上でこういう場所に同伴している女性がいるっていう状況がわかんねえのかな。
まともな感覚をしていたら今こんなことは言わないはずだ。
俺が何も言わないのをいいことにベタベタと身体に触れてくる奴までいる。
非常識極まりない。
…そろそろ限界だ。
腕時計で時刻を確認し、正面に用意されたステージの方を見るとスタッフが慌ただしく動いていた。
社長も俺に近付いてきた。
さあいよいよだ、頼むぞ、皆。
今回の一件にはユウキもヒロトも協力してくれている。
インカムをつけたスタッフが俺に近付いてきて耳打ちをした。
いよいよステージ上でLARGOの演奏が始まる時間。
それと、男として進藤貴斗の出番だ。
俺は果菜のいるところに戻るために「ちょっと通して」と女たちの間をすり抜ける。
「ねぇタカト、演奏するの?」
「もしかしてタカトも歌ったりする?」
「タカト、頑張って」
背後では女たちが騒ぎ始めるがそれには反応しない。
全て無視して果菜に声が届く位置まで歩み寄り
「果菜、行ってくる。ステージ見てろよ」と笑顔で声をかけた。
もちろん、果菜の周りにいた女たちに見向きもせず、果菜しか目に入れない。
ひと声かけただけでステージに向かって歩きだすと、
「あっ!」と愛しい人の慌てた声がカツカツっとしたヒールの音と一緒に聞こえてくる。
「貴、待って、待って。大事なものを忘れてるわ」
「タカ?」「たか!」「貴ですって」
背後で聞こえる果菜の美しい澄んだ声とうるさい女たちの雑音にニヤリと笑みがこぼれてしまう。
くるりと振り返り「果菜、ありがとう。大事なものを忘れるところだった」
スタスタと果菜のもとに戻り、彼女から小さな紙袋を受け取ってその場で袋を開ける。
「演奏の前には絶対に必要なものなんだって言ってたのに。忘れてそのまま行っちゃうかと思って焦っちゃった」
小首をかしげる仕草も彼女のは演技でも何でもない自然な可愛さだ。
ごめん、果菜は知らなくていいけど、全部わざとなんだよ。
これも仕掛けの一つ。
「果菜、ちょっと軽く顎あげて」
ん?って顔をしながら俺の指示におとなしく従う果菜の耳に手をかけて、持っていた袋から取り出したイヤリングをつける。
「魔除けだ」
「魔除けって?」
「魔除けは魔除け。いいから黙ってつけとけ」
いきなりイヤリングをつけられ驚いている果菜を残し
「じゃあ、行ってくる。しっかり見てろよ」
果菜の頬に軽く自分の頬をつけてキスの代わりをするとステージに向かった。
背後では
「えー、いいなあ果菜ちゃん。そのイヤリング素敵」
ヒロトの嫁さんの声がする。
後はあの嫁さんと社長に任せればいいだろう。
俺は今日の仕上げにかかる。
準備されたステージに上がり、ヒロトとユウキに合流した。
二人とも今日の仕掛けを知ってるだけにニヤニヤとしている。
照れ隠しでチッと軽く舌打ちしてギターを手に取ってスタンバイに入る。
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