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 そんな簡単な挨拶を済ませて、俺は翔が誘ってくれた『先輩とのドライブ』に同乗させて貰っている。  車内で交わした会話から、妹ちゃんは高校二年生であることや、先輩は本日、丸一日講義がないと言うことを知った。 「高校サボってばっかだと、梨木先輩みたいになるぞー」 「えぇー? やっぱし、高校行こうかなぁ」 「こらこら。いや、高校行くのは良いことなんだけどさあー」  わいわい騒ぐ三人の会話を、それとなく聴く。先輩みたいって、何を指すのだろう?と思えば、汲み取ってくれたのか、「留年しそうなんだよねぇ~」と涼しい声で先輩は笑った。 「留年すか」 「そうそう。なんかさぁ、大学の授業も楽しいよ? 楽しいけどさ、外とか、めっちゃ楽しくてねぇー。ついつい、講義サボって、行っちゃうわけだよ」 「……行くって?」 「世界」と笑う彼は、出会ってから初めて見るしたり顔で、それを見て「痺れるわー!」と翔が笑う。翔は少しからかいの色を持たせて言ったが、実際のところ、彼が先輩を尊敬していることは十分に伝わってきていた。俺も実際、痺れた。  自由。  まだこの先輩(ひと)と出会って、数十分。なのに、解る。この人は、ただひたすら、“自由”な人間だった。  本当に。一体何処が、似ていると言うのだろうか?  俺がずっと、欲しかったもの。  大学に進学することで、与えられたと思っていたもの。  この人はそれを、当たり前に持っていて、それでいて、『大学』すら小さな世界だと、その存在が教える。  くらくらと、酔ったような気持ちになる。否、ふわふわ、と言った方が正しいのか。  何処へ向かっているのか分からない、ドライブ。窓から流れていく風景。いつの間にか、見知った通りを抜け、よく分からない、真っ直ぐの国道を独走していた。  森、トンネル、海。目まぐるしく、風景が変わる。 「……何処、向かってるんですか?」  水を差すだろうか、と思って訊けずにいたことを訊いたのは、「海だ!」と妹ちゃんが声を踊らせ、車内の皆が暫し、その青く光る海を視界で堪能した時だった。 「んー? ちょっと、隣の県まで?」 「えっ?!」  声を挙げたのは、翔だった。 「それ、往復で、次の授業に間に合いますか?」 「あ、あー……、無理かもー」 「せ、せんぱぁいっ……!」  翔が前の座席にしがみつくように身を乗り出した。いつもは余裕に澄ました黒淵眼鏡の向こうで、瞳が不安げに揺れていた。 「ふ、」  なんだか、可笑しかった。 「芳樹っ! お前も、なんか言ってやってよ! お前、見かけによらず真面目なんだから! 遅刻、困るだろ?」 「別に? 見た目通り、不真面目ですから」  おいぃー!とこちらにもたれ掛かる勢いの翔に、今度は声を抑えきれずに笑ってしまった。 「乗りかかった船よ。諦めな、翔くん」  前の座席からも笑い声がする。梨木先輩も、空を見上げるような角度で「あっはっは!」と愉快そうに笑った。「先輩! 前! せめて、前は見て下さいっ!」翔の懇願が、更に可笑しさを増幅させる。 (あ、なんだこれ、やばい、)  楽しいな、と感じて、胸がドキドキと脈打った。  初めてやっと、『大学生(じゆう)』になれた気がした。 (………なんだ、……)  叶ちゃんが居なくても、秋夜が居なくても、……(大成が居なくても)、こんな、景色が広がっているのか、と。  自分がこれまで住んでいた世界の、その、狭さを知った。
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