1.

2/4

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
「なに怒ってるんだよ」 「何が。別に、怒ってないけど」 「怒ってんじゃん」  翔と秋夜とも一緒の講義なのに、珍しく二人がまだ来ていなかったようで、運悪く大成と二人になる。  まぁ、二人と言っても、講義室にはちらほらと人がいるのだが。 「この前のラインも、あれから既読つかねぇじゃん」 「色々と忙しかったんだよ」  なんだこれ。痴話ゲンカみたいな内容に、フツーに恥ずかしいと思うし、かなりめんどくさい。こいつ、ラインの返信なんて気にするような奴だったっけ?  うざ、と思いつつ通学用に使っているリュックからペンケースやらノートを取り出し、机の上にセッティングした。 「な、クリスマス周辺、いつなら予定空いてんの?」 「ずうぅぅぅぅうーっと忙しい」 「ねぇ? なぁ? やっぱ怒ってるんじゃん。なに?」 「だからっ、怒ってねぇって!」  めんどくさっ!  広げたノートの上でゴロゴロしながら俺の顔を眺めてくる大成を、なるべく視界に入れないようにして、上着のポケットからスマホを取り出す。翔の個人ラインを開き、『いつ来んの?』と打ち込んで送信した。  何かおかしい、と思い始めたのは、それから五分程した頃だった。大成はと言うと、前後で座った友人と「尻派? 胸派?」なんて居酒屋の酔った勢いでしかしない話で盛り上がっていた。  スマホ画面を見て、翔からの返事を確認するが既読がついていない。講義室にかかるシンプルな時計は、そろそろ講義が始まろうとする時間を指していた。が、教授が来る様子も無い。 「なぁ、芳樹は尻派? やっぱ、胸?」 「そんな話題、振るなよ」  大成と話してる奴は俺もよく話すヤツでもあったけど、俺は気の無い返事をしてスマホを弄る。秋夜の個人ラインにメッセージを送信すれば、わりとすぐに既読が付いた。 「おい! 今日、休講だってよ!」  誰かが報せる声とタッチの差で、秋夜から『その講義、休講だよ』と返信があった。 「まじかよー!!」  俺の心の声と誰かの声が重なる。 「まじかー。どうする? 大成、この後講義ある?」胸派の友人が大成に今後の予定を訊けば、「あー、」と両方派の大成が語尾を長くして考え、「四講目まで無い。帰る」と短く告げて席を立つ。 「いいなぁ。オレ、三講目入れてるんだよなぁ。帰宅するの微妙だし、食堂行くかな。芳樹は?」 「俺は……」  時間割は大成と全くおんなじに組んでいる。翔もそうだ。同じ学科で、単位のことを考えながら、三人で組んだ時間割りだ。  いつもこんな時、大成はアパートになんて帰らずにぐだぐだだべって無駄な時間を潰すことを好んだはずだ。面喰らう。  それから、昼飯用に持ってきたおにぎりについて考えた。  少しでも食費が浮くように、俺は基本、食堂で注文せず、持参したものを食べた。なんと無く、この友人と昼を一緒にするのは抵抗があるような気がした。この友人がどうとかじゃなくて、友人が定食を食べてる前でラップに包んだおむすびを取り出すのが、なんと無く、恥ずかしいような気がした。 「俺、就活サポート課で時間潰すわ」 「まじかよ? あそこ、時間潰せるん?」 「意外と穴場だけど、つまんないから三回生になるまで行かなくていいと思うぜ」  友人が興味を持って冷やかしに来ないように釘を刺す。俺の回答を聞くなり、「ほんじゃ、そうゆうことで!」と、大成は片手を挙げて踵を返した。また、面喰らう。   (え? は? おい、一緒に行かねぇのかよ……って、それじゃまるで、俺がお前と居たいみたいじゃん………!)  いやいや、と頭の中で首を振る。フツー、一緒に行くだろ?と。正門と就職サポート課は同じ方角だ。それに、いつものツレだし、俺ら。何?俺、なんか怒らせるようなことした?  困惑と軽く憤りを感じながら大成の背中を見送っていると、共に残された友人が、「そう言えばさ、」とタイミングを見計らったかのように小声で身を乗り出してきた。 「オレさぁ、芳樹の彼女が別のオトコと歩いてるとこ、見ちゃったんだけど」 「はん?」 『芳樹(おれ)の彼女』とは、相も変わらず秋夜の事である。  入学した当初、周りの友人らとは先立って仲良くなった(?)秋夜は、その女顔から、「あいつは、男なの? 女なの?」と妙に注目を浴びた。こぞって皆がそれを俺に訊くものだから、面白がって、「俺の彼女だよ」と紹介した。  もうすっかり、一回生の誰もが「あの女顔は『大桐(おおぎり)秋夜』と言い、男である」と認識していたが、からかうように、相変わらず周りは秋夜の事を「芳樹の彼女」と呼んでいる。俺も、(かなえ)ちゃんや秋夜にとってそっちの方が都合がいいかと、そのまま受け入れていた。なんなら「俺達、本当に付き合ってるんだぜ?」くらいの冗談も重ねた。 「それがさー。どっかで見た顔だなーと思ったら、ここの職員だったんだよねー」 「……」 「就活サポート課に行くんなら、芳樹も知ってるだろ?」 「……神城(かみしろ)サンだろ。就活サポート課の」  そうそう!と友人はにたにたと笑った顔でこちらを窺う。 「美男美女じゃん! めっちゃ親しそうだったし! ヤバイじゃん、芳樹。彼女に浮気されてんのかもよ?」 「ばぁーーーーっか」  努めて呆れ顔を作り、「叶ちゃんとは俺ら、仲良いの」と気の無い返事をした。「いやいや!」とそれでも変わらずにたにたと笑う顔に、嫌な予感がして、眉を寄せる。 「オレが見たの、構内じゃ無いから。大学の外よ、外。しかも、住宅街!」 「……」  何やってんのもおおおぉぉぉーーーーっ!!!迂闊なんだよ!叶ちゃーーーんっ!!!  心の中で叫びながら、しれっとした顔を作る。 「あー。それ、車で十五分くらい行ったとこの、高級住宅街だろ? あそこ、秋夜の親戚が住んでんだよ。叶ちゃんとご近所さんなんだってよ。たまたま会ったんだろ」 「……まじ? そんな偶然、ある?」  お前、騙されてるんじゃないの?と友人が眉を寄せるので、「それが、嘘みたいだけど本当に事実なんだから、騙すも何もねぇだろ」と、さも本当の事のように軽く流した。 「んじゃ、俺、行くから」 「おー。まぁ、寝取られないように、頑張れよ!」 「へーへー。ゴチュウコク、どーも」  へらへらと手を振られ、俺もひらひらと手を振ってそいつと別れた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加