1.

3/4

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
「何やってんの! もお!」 「ご、ごめんごめん」  就活サポート課に着くなり、叶ちゃんとアイコンタクト。親指で、個室になっている相談室の一室を指差して、鍵を持って来るように、無言の指示をした。  叶ちゃんが個室の鍵を開け、二人で中に入る。と、我慢していた言葉を一気に吐き出した。勿論、小声で。 「迂闊なんだよ! 外をっ! 二人でっ! 並んでっ! 歩くなッ!」 「うん、はい。すみません、気を付けますぅ…!」  叶ちゃんは、どうどう、と俺をいなすように両手を胸の前に広げた。じっと睨むように見れば、眉をハの字に下げて、「ごめんね。ほんと、ありがとう」と頼り無く笑った。そこで、目を閉じて息を吐く。 「はぁー。もう。次からは気を付けてよ。取り敢えず、秋夜の親戚の家が近いって事にしといたから。口裏合わせてよ」 「痛み入る~」  キッとまた睨めば、「ほんとありがとう」と微笑まれるので、もう何も告げられない。くっそ、やっぱり、叶ちゃんの顔、好きなんだよな、……。  ふぅ、とまた息を吐くことで、気持ちを落ち着かせる。そのまま、相談室の椅子に座れば、当然のようにその向かいに叶ちゃんが座った。  長方形のこの細長い個室で、二人きりになるのは二回目だ。いつもより心臓の音がうるさい気がするのは、気にしないでおこうと思う。淡く、痛い、とか。そういう詩的な感傷に浸るような感性、俺、持ってないから。   「未成年。学生と教職員。男同士。淫行。ほんと、笑えないから」 「淫行って…」  背もたれにぐっと背中を預けながら、言う。  叶ちゃんの苦笑から、なんと無く、まだこいつら致してないのかな、と感じ取った。いや、知らんけど。   「別に。純愛だろうと、世間はそう見てくれないから、気を付けろよってこと」 「うん。わかってる…。ごめん、ありがと」  叶ちゃんの上目遣いに、なんだかくすぐったくなってもぞもぞとした。  誤魔化すように、リュックから巾着袋を取り出す。更にその中から、ラップに包まれた少し大きめのおにぎりを取り出した。「ごめんけど、ここで食べていい?」言いながらラップをほどいていく俺に微笑して、叶ちゃんは「特別だよ」と頷いた。  特別、という言葉が胸に木霊する。ああ、もう、くそ。ーーー…やっぱり、そう簡単に忘れることの出来ない想いはあった。  此処でこうして。二人きりになってもいいものなのだろうか、と頭に浮かぶのは秋夜の顔だった。俺の想像の中の彼の無表情の顔は、努めてそうであって、本当のところはやっぱり少し、怒っているような気がした。 「うーん」 「何? 見られてると、食べにくい?」 「いや……、叶ちゃんはさ、俺と秋夜が付き合ってることになってるの、いいの?」 「うーん……」  今度は叶ちゃんが唸る番だった。  顰めっ面で腕を組んでいる。それはちょっと、パフォーマンスじみてもいた。だから続く言葉を予感できなくて、俺は静かにそれを見守りながら、おにぎりを頬張った。 「……まぁ、芳樹なら……不本意だけど……」 「……ふーん?」 「不本意だけど」  繰り返す叶ちゃんは、本当に不本意だと言う顔をしながら、笑った。彼は、かつて俺が秋夜の事が好きだったと勘違いをしているだろうから、本当は、気が気ではないはずだ。 「俺なら、ねぇ」  しみじみと呟くと、また「不本意だけど」と繰り返す叶ちゃんに笑ってしまった。 「最近どうなの? あ、仕事大丈夫?」 「僕が出ていって、芳樹が一人でこの部屋にいるの変だろ? 大丈夫。学生との他愛ない会話も、仕事の内だから」 「ふーん?」  この時間を「仕事」と思われるのはなんだか嫌だったが、そういう“建前”で一緒にいてくれるだけなんだと思う。やっぱり、なんだかもぞもぞとして、最後の一口を頬張った。 「で、どうなの? 最近。秋夜とケンカとかするの?」  興味があるような無いような。二人の話を聞きたいような聞きたくないような。米粒の付いた指を舐めながら、素っ気なく訊いた。  この二人きりの空間に、[[rb:叶ちゃんの恋人>しゅうや]]の話をしていないと、なんだかマズイような気がした。……『叶ちゃんは秋夜と付き合っているのだ』と、脳みそに叩き込む為には必要な会話のように思った。  カチコチ、と味気ない音がする。シンプルな時計が秒針を刻む。  叶ちゃんが考えるように、うーん、と小さく唸って宙を見ているのを、ぼんやりと眺めた。「叶ちゃんの後ろ髪、大分伸びたな」とか「首のとこ、小さいほくろがあったんだな」とか、無意識に思ってしまって、慌てて目を逸らす。なんだかやっぱり、良くない時間なのかも知れない。 「……言っていいのかわかんないけど、一回あったなぁ……。なんか、ケンカみたくなっちゃったこと」  出なければいけないだろうか、でも別にやましいことはしてないし………、なんて思ってる間に、叶ちゃんはしみじみと口を開いた。 「………ふーん?」 「えっ?! 自分から話しフッといて、興味無さ過ぎない?!」 「いや。ごめん。やっぱし、キョーミ無いわ」  パンッと音を立てて手を合わせ、「御馳走様でしたっ!」と外には聞こえないくらいの声で言う。「食ったことだし」と椅子から立つ。 「部屋貸してくれて、あんがと。もー行くわ」 「珍し。いつもは空きコマ一杯、時間潰すくせに」  何曜日にはいついつの時間にやって来る、って、叶ちゃんは把握しているみたいだった。俺は苦笑した。 「それ、もうやめるわ」  するり、と自然に口から出た。 「それは、仕事が捗っていいや」なんて憎まれ口でも叩くかなと思ってみれば、叶ちゃんは目を丸めた後、「そっか、」とぎこちなく、笑った。  寂しくなるな、なんて言わなかったけれど。何と無く、残念がるような、寂しがるような目をして、笑った。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加