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2.  暑くない?それとも、寒くはない? 「暖房、どう? 効いてる? 寒い?」訊かれて、「あ、大丈夫です」と答えると、「なんか他人行儀だな」と、俺の隣で翔がケラケラと笑った。 「……うっせ」  小声で返せば、前の席からも小さな笑い声が聞こえて、むず痒い。 「あ、この曲」  そのタイミングで、先輩がセレクトしたと言うBGMが好きなアーティストの曲になる。救われた気持ちで、話題を変える。 「あ、芳樹も好き?」 「はい」  先輩はバックミラー越しに微笑んだ。奇抜な髪の色に似合わず、柔らかい笑い方をする人だった。出会って直ぐに、「芳樹」と呼ばれたのに、全く嫌じゃない。翔が好んで付き合っているのもわかる。 「芳樹とは気が合うと思う」なんて前置きの後、紹介されたその、翔のサークルの先輩は、なんと言うか、不思議な雰囲気の人だった。  まず目に入ったのは、その奇抜な頭。半分が青色。半分が赤色。少し長めの髪が、風に揺れる。黒のロングコートでファッションセンスは窺い知れないが、兎に角、「バンドマンか?」が第一印象だった。しかしどうやら、ギターもマイクも、ドラムにも、縁がないらしい。 「初めまして。翔と同じ国際サークルの、三回生、[[rb:梨木遠矢>なしきとおや]]です。宜しく」  ロングコートから唯一覗く、黒のチョーカー。  けれどそれらから受ける印象とはまるで無縁のように、柔和な笑顔で先輩は握手を求めた。 「……一回生の、田中芳樹(たなかよしき)ッス。お世話になります……」  実を言うと、俺は若干、人見知りである。  それを隠したかったが、しどろもどろ出した手で、もうその先輩には全てを見透かされたような気になった。   にこりと、両の手で俺の右手を握ってくれる。 「知ってる! あの、美人な子と付き合ってるんだよね?」 「あ、いや、」 「あの子、男の子なんでしょ? 実際のとこ、どーなの?」 「……ご想像にお任せします、」  気圧された。  悪い感じのものではなくて、隠さない好奇心の爛々と輝く目に、いつもの軽い調子が出ない。翔は、この人のどこを見て俺と気が合うと思う何て言ったのか?この、奇抜な見た目の事だろうか。  まるで俺とは違う、と思った。  虚勢のような、そんな、嘘臭いものがこの人には無かった。 「じゃ、行こうか!」  大学の食堂前で落ち合って、校内の駐車場へ向かう。存在は勿論知っていたが、縁がなく、足を踏み入れた事がなかったエリアだ。  中古で買ったんだろう、軽が並ぶ中、普通車の前に案内される。 「男二人は後ろね」  自然な動作で開けられた助手席のドアの中から、華奢な女の人が出てきた。  目を白黒させていると、目が合って微笑まれる。  カラーコンタクトを入れているのか、日本人らしからぬ瞳の色をしていた。その大きさも、普通より一回り程大きいような気がする。  グラデーションの効いた髪はパーマを当てられていた。ちょっと、目指すところがちぐはぐな感じも否めない。童顔なせいもあるのだろう。背伸びをしているようなファッションだ。いくつなのか。気持ち、俺らよりは若く見える。とても、大学生には見えない。 「初めまして」  なんだか久し振りにまともに聞く、女性の高い声だった。如何に、日常がヤローばかりだったかと改めて思い知る。 「……やっぱ、先輩、バンドマンなんじゃないんすか?」  挨拶も忘れて、つい、本音を言ってしまった。「ふふふ」と口に手を添えて笑う彼女に、少しどぎまぎとしてしまう。仕方がない。家族も、女は母親しかいない。後はみーんな、男なのだ。父さん、兄ちゃん、兄ちゃん、弟、弟。七人家族の内、六人が男なのだ。 「初めまして。私は、」 「こいつは『妹』」  彼女の自己紹介に被せて、先輩が親指を向けて紹介する。 「そうそう。こいつは、『妹』」  翔がケラケラと笑い、乗っかかる。  彼女は少し不服そうな顔をしたが、「初めまして。『妹』です」と開き直った。苦笑する。嫌いではない雰囲気だ。 「初めまして。俺、田中芳樹」  和やかな空気が、一瞬、ピリッとした。  否、空気ではない。彼女が一瞬、鋭く、俺を見た。……ような、気がした。 「田中さん。初めまして」  そう言って笑う彼女には、そう言った敵意のようなものからはまるで欠け離れていた。 (………なんだったんだ……今の……)  結局、気のせいか、と思うことにした。
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