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10話 薄れる希望
「なら、どうして咲葵をうちの部活に呼んだの?」
私は、一瞬口籠りそうになるも感づかれないよう適当に答える。
「咲葵は……どの部活にも入ってないし、寂し思いして欲しくない、学校生活をもっと楽しんで欲しかったから」
「本当にそれだけ?」
「ええ」
私はしっかりと見つめ返し、いつもの様に自然と言った。それでも樹の言葉と目線に押され、考えなくていいことを考えてしまいそうになる。
「僕、前に恋愛に興味ないって言ったでしょ?その理由を香織には教えてあげる」
その言葉から私はまだ信頼されていると分かった。だけど、それと同時に相手を騙しているという罪悪感を感じる。
樹は私から目線を外すと、どこか他人事のように話はじめた。
「僕はさ、県外からこの学校来たんだ。この話は、結構知ってる人多いんだけど、香織は知らないよね」
「ええ」
「僕に興味ないもんね」
「別に……」
「わかるんだよ……僕ってモテるからさ」
笑って答える樹の顔はどこか暗い。作り笑いのように顔は笑っていても心は笑っていないように見えた。
「嫌でもわかるようになったんだ」
樹はあからさまに悲しげな表情を浮かべ、かすれるほど小さな声で言う。
「樹……」
なんて声をかければいいかわからず、気づいたら名前を呼んでいた。これがきっと咲葵の言っていた樹の秘密。
「ああ、ごめんごめん。僕さ、中学生の時に一人の女の子に恋をしたんだ。その子のことが好きで仲良くなって告白しようとしたらさ、その子……亡くなちゃったんだよね。僕も、同じ場所にいたみたいなんだけど……何も覚えてないんだ。でも、あとで分かったんだけど、いじめられてたんだって。女子たちの嫉妬だったんだよ……。でも、昔の僕は最後まで気付かなかったんだ。僕はいったい彼女の何をみてたんだろうね。彼女はきっと、僕に……」
「だからもう、恋はしたくないって?」
「そうだよ」
こんなにも辛い過去を持っているなんて思ってもいなかった。同情なんて樹は望んでない……そんなきがした。
「本当に……」
私には最後まで言葉を続けることはできなかった。自分自身にかえってこないように、そっと心を閉じる。
話はこれで終わりとでも言いたげに、樹が急に席を立つ。。
気づいたらもう外は暗くなっていた。席を引いてから、樹は思い出したように言ってくる。
「そうだった。先生からの話を受けて、咲葵には部活辞めてもらうことにしたから、彼女のためにもね。もう連絡もしてある」
それだけを言い残し樹は歩いて行った。
私は少しの間、食堂にただ一人残った。想像もしていなかった樹の過去、咲葵は知っていたのか。いや、たぶんそれはない。それに、咲葵の病気について詳しくは知らないけど、私が思っているよりも重い病気なのかもしれない。咲葵大丈夫かな……。正直、今の私にはもうどうしていいかわからない……。
「蒼……私はどうしたらいいの?」
夕日と同じように地面に倒れていく咲葵の後ろ姿に全身から血の気が引く。何度見ても慣れることのないその光景に、俺は言葉が出なかった。
美面に横たわる咲葵に急いで駆け寄り、抱きかかえながら何度も名前を呼んだ。しかし、もう意識はなく反応がない。
なんで、無理いってでも休ませなかったんだ。そういった後悔が次々と溢れ出る。でも、自
暴自棄になってる場合でないことは、わかっていた。今回は家まで遠いし……それに服がびしょ濡れだ。
ひとまず、自分の携帯で119番電話をする。それから、すぐにおでこをに手を当て熱を確認し、次に手首に指を当て脈も測る。
素人の俺には、正確には判断できないが、熱は問題なさそうだった。しかし、脈は心なしか弱いような気がする。それを電話越しで伝えた。だが、俺にはまだやることがあった。
「咲葵、ごめん」
咲葵には聞こえてないが、一言謝ってからびしょびしょ制服を脱がした。水色の可愛いリボンのついた下着が姿を現す。水でぬれていたために、脱がせる前から下着はだいぶ見えていた。
しかし、濡れている下着を外すべきか、外さないべきか……。咲葵の気持ちを考えたら脱がすべきではないと思った。でも……それなが最善の選択なのか?
急いで咲葵から離れ自分の荷物を取りに行く。乱暴に部活用の斜めがけリュックを開き、中から体操着を取り出した。咲葵の頭の方へ行き、肩を持ち上げ体を起こす。
ごめん、ともう一度誤りなるべく体を見ないようブラを外し上着を着せた。同じように長ズボンを履かせ、体を持ち上げる。
蒼は待ち合わせてある場所に向かって走った。
絶対大丈夫、何もない。いつも通り、何もなかったかのような顔で起き上がる。絶対そうだ。
腕に直接伝わる咲葵の体の軽さと骨の触感が、服を脱がせたときに見えたやせ細った体を脳内にちらつかせる。
何であんなに痩せているんだよ。あんなにおいしそうにたくさん食べてたじゃないかよ。
堤防を登り越え、待ち合わせている場所に走る。なるべく揺らさないことを意識しながら。
目的地に着き、しばらくすると救急車特有のサイレンの音が聞こえる。着くと同時に後ろの扉が開き、タンカーが出てくる。タンカーに咲葵を乗せると、すぐに車の中へと運ばれていった。簡単な事情聴取を受け、すぐに救急車は動き出す。お互い見慣れていた救急隊員の姿をみて俺は少し安心する。小さい頃から、咲葵は救急隊員に何度もお世話になっており、何度か居合わせていた俺の顔も覚えられてた。
俺は、浜辺に戻り自分のカバンと咲葵のカバンを肩にかけ、両手で咲葵の服をもち、咲葵の家へ向かった。
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