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12話 祭りの中の温かい思い出
「香織、珍しく熱くなってたな」
俺は病院から一緒にでた香織に言った。隣に並ぶ香織は一切顔を合わせることなく俺の言葉を肯定する。
「蒼、聞いてたのね」
「咲葵の言葉……信じることにしないか?」
「蒼にも問いただそうと思ってたけど、蒼がそういうなら咲葵のことはやめる」
「ありがとう」
気持ちを込めて言うと香織は俺の顔をじっと見つめていた。
「それで、蒼自身は今のままでいいと思ってるの?」
唐突な香織のまなざしとその問いに戸惑ったように答える。
「恋の作戦会議の事か?まあ、今日は話し大きく逸れて、いい案はでてこなかったけど、また明日考えればいいだろ」
「……そうね。恋、叶うといいね」
香織は答えると一人で先に歩いて行った。
俺は一瞬足を止め、手を強く握った。
それから自分のペースで歩き始める。自分の中で決めた、その道を。
わたしは予定通り退院し、元気に学校生活を送る。
樹くんとは慎重に距離を詰めるということになり、たまに休み時間にすれ違ったときは、わたしから積極的に挨拶して、昼食であった時は、自分から話しかけるようにした。そういった生活を送っているとあっという間に夏休みに入った。
わたしベットの上でゴロゴロしながら考え事をする。
香織ちゃんと蒼は部活あるかもだけど、わたしは暇!ああ~暇すぎだよ~
何もすることがないと、暇に感じるけど、それだけじゃないの。明後日、毎年恒例の花火大会がある。
香織ちゃん情報によると、樹くんがその大会に行くみたい!要するにお祭りがあるの‼ 樹くんに会える、しかもプライベートの……。
ニヤニヤしながらいろいろな妄想をする。
浴衣の準備も完ぺきだし……ああ~楽しみすぎて、待ち遠し過ぎて……時間の流れが遅く感じるよ~……。
わたしはまた、妄想続きをしながらニヤニヤして過ごした。
浴衣を着せてもらったお母さんにわたしは聞く。
「お母さん……変じゃないかな?」
「変じゃない!似合ってるわ」
「本当に~」
「はいはい、蒼くんが待ってるでしょ。待たせてないで早く行きなさい」
「わかったよー」
小走りで廊下を走り、下駄をはく。
「いってきまーす」
大きな声で言うと、部屋の奥からお母さんとお父さんの返事が返ってきた。
「よし!」
気合を入れるために、一言言って玄関のドアを開ける。
「よ!」
浴衣姿の蒼が、玄関の前に立っていた。
「おまたせー」
そう言って、わたしは蒼の返事に返した。
「似合ってるじゃん、すげーかわいいよ」
ちょ、なんでそんな恥ずかしいセリフが簡単に言えるのよ…………。
わたしは動揺を隠すように蒼に強い声で返す。
「蒼もね」
「もう見慣れただろ」
「わたしも?」
「どうだろうな」
意地悪に笑いながらこちらをみてくる蒼に肘打ちをする。
「いたっ……くないだと」
「もー」
笑っている蒼の体を優しくたくさん叩いた。わたしも自然と笑いがこみ上げてきて、笑顔になる。
蒼のこういうところがわたしは大好き。
屋台に着いた私たちは、ひとまず香織ちゃんの連絡を確認する。香織ちゃん達も、今日この花火大会に部活のみんなと来るみたい。
『あと一時間ぐらいかかる』
『了解!』
わたしは香織ちゃんに返信をしてから蒼に伝えた。
「あと一時間ぐらいかかりそうだってー」
「なら回るかー」
「何ちんたらしてるの。さっさと行くよー!」
そう言って、わたしは蒼の手をぐいぐいと引っ張った。
しばらく歩いてから改めて人の量に感心する。
「それにしても毎年人凄いね」
「本当どっから湧いて出てんだろうな」
たわいのない会話をしながら回っていると、わたしの好きな屋台が見えてきた。
「カステラ!」
「咲葵、毎年来て最初に食べる者同じじゃねーか」
「いいじゃん」
わたしは列に並ぶとすぐに自分の番がまわってきて、店長が声をかけてくれる。
「お!今年も来てくれたのかい、お嬢ちゃん。連れも一緒とは、ほんと毎年変わんねーな」
「いえいえ、このカステラのおいしさと一緒ですね!」
「うまいこと言うようになったなぁ~。じゃ。いつものカスタードでいいか?」
「うん!お願い」
わたしはそう言って、お金と商品を交換する。受け取ったカステラを一個、口に頬張ってから、蒼に袋を渡す。
「ほい!」
「いいのか?」
口をもぐもぐ動かしながら、首を大きく振って肯定する。
「ありがとう」
そう言って、カステラの入った小さな紙袋を受け取る。紙袋から一個だけ取り出し、わたしと同じように口に頬張った。わたしが歩き始めると、蒼もそれに合わせて歩き始める。
「あのじいさん、変わらず元気そうでよかったな」
「カステラの?」
「ああ。相変わらずうめえ」
「でしょ~」
「なんで、咲葵が得意げなんだ?」
「わたしが買ってきたから!」
わたしのどや顔に蒼は何も言ってこなかった。
やったあああああああああああ!勝っちゃった‼どやどやどやぁ~~~
「結構進んだな、半分くらいか?」
「うん、それぐらいだと思う」
「屋台でそんなに食べてもな」
「うん、樹くんと合流したときに何も食べれなくなってたら困るし……」
「だからって屋台で遊んでもな」
「うん、樹くんと合流したときに全部、遊びつくして困るし……」
「「はぁ」」
二人で同時に肩を落とし、大きなため息を吐いた。
「そこのお二人さん!やってかないかい?」
わたしたちはその声につられて、そのおじさんの屋台に行く。
「射的じゃ、射的、お似合いのカップルじゃし~」
おじさんが笑顔で言ってくれた。
「カップルじゃない!」
「二人で半額にしてあげるぞ!」
「うん!私たちカップル‼」
そういって、わたしは蒼の腕に抱き着きながら答える。
「耳遠くてよかったな」
「ほ?なんか言ったかの~」
「わ~わたしの取ってくれるって!やった~‼」
わたしは蒼の耳元に口を近づけて、小さな声で怒る。
「蒼、なにやってるの、チャンスじゃん」
「お前悪い奴だな」
「何言ってるの?同犯じゃない」
蒼とコショコショ話を終えると、おじさんのもとに手を上げながら行く。
「はーい。わたしからやりまーす!」
七つの弾の一つ目を詰める。狙いは一番手前にあった、青色の猫ちゃんのぬいぐるみホルダー。
三つあるし、全部落としたい!よーし、まずは青落とすぞ~
わたしの弾はぬいぐるみの中心に見事に当たったが少ししか後ろに動かない。
ああ~三つは無理かも……一つしか落とせそうにないよ……
続けて打って、七発目もすぐに打ち終わる。
あと少しで落ちそうだったのに……猫のぬいぐるみホルダー。わたしと香織ちゃんと蒼で、お揃したかったのになー
「お嬢ちゃん、これ欲しいのかね?」
そう言って、棚から手でつかんで持ってくる。
「はい……」
「特別じゃ、あげるから持ってきな」
「え!本当にですか⁉」
「ああ、いいんじゃ。持ってき、持ってき」
「ありがとう!」
わたしはおじいちゃんに感謝を伝えた後、蒼にぬいぐるみを渡した。
「はい!これ、蒼に上げる。青色だから!」
「ありがとう、本当にいいのか?」
蒼はぬいぐるみを受け取ると確認してきた。わたしは笑いながら答える。
「いいって、元々蒼に上げるようだったから。はい!次は蒼の番だよ~頑張って」
わたしは蒼の背中を押して、射的の正面に連れていく。すると、蒼は球を詰めながら、おじさんに確認した。
「ルールはこの台から乗り出さないだけだよな?」
おじさんは頷く。
「わかった」
そう言うと、弾を詰め込んだ蒼は屋台の端っこに移動した。そして、端っこから狙いを定める。
そんなに端っこに行くの⁉蒼はなに狙っているんだろう……変な人みたいでわたしが少し恥ずかしいよぉ……。
蒼が狙った弾は水色の猫のぬいぐるみにあたり、大きく曲がった。ぬいぐるみの後ろには、簡易的なストッパーが顔をのぞかせる。
ああああああ!だから全然落ちなかったんだ!
蒼は続く二発目で、またぬいぐるみを回転させた。それによりぬいぐるみは、後ろ向きになっていた。真ん中に戻ってきた蒼は、ぬいぐるみの背中の中心に当てる。すると、転がっていき、わたしの時のぬいぐるみの踏ん張りは嘘のように転がり落ちた。
「すごいじゃん!やったね‼」
蒼の背中に声をかけるが返事が返ってこない。
どうしたんだろう……。
少し心配で蒼の顔を覗き込むと真剣な表情で棚をみていた。そう思っている間にも。四発目の弾を詰め狙いを定める。打った弾は、薄紫の猫のぬいぐるみにあたるが、先ほど見たに大きく回転することはなかった。五発目を詰めると、また同じ場所から狙いを定める。
蒼のすごい集中力が伝わってきて、こっちまで緊張しちゃうよ……こんなに真剣なまなざし久しぶりに見るな。がんばれ!
わたしは両手を握り、蒼を応援していた。
打った弾は、しっかり当たるが思ったほど回らない。ちょうど、横向きになったぐらいだった。六発目を詰める。今までので分かった通り、一発でもミスをしたらもう取れない。より一層、緊張が増した気がする。
狙って打った球はしかり当たり、薄紫のぬいぐるみは斜め後ろを向く。もう残り一発しかない。この状態で、後ろを打つしかないが、斜めになっている不安が残る。蒼は七発目、最後の弾を詰める。そして、ゆっくり構え、打った。奇麗に当たった、ぬいぐるみはゆっくり回転し、台から落ちる。
「おおお、お見事だわ」
おじさんは、そう言いながら落ちた二つの猫のぬいぐるみホルダーを蒼に渡す。蒼はそれを受け取ると大きなため息をついた。
興奮しているわたしはそんな蒼に近づき、背中をポンポン叩きながら声をかける。
「やったねやったね!すごいよホントに!本当にすごかったよ、最後取れないかと思った」
「取れなかったら、球買えばいいだけだろ」
蒼は笑いながら答え、わたしを落ち着かせる、
「はい、これお返し」
そう言って、蒼は水色の猫のぬいぐるみホルダーをわたしにくれる。
「え、え!本当にいいの⁉」
乗り出すように聞く咲葵に笑顔で蒼は答えた。
「当たり前だろ?元々そのつもりだったし」
「ありがとう!」
大袈裟に驚く咲葵をやさしく見つめた。
わたしは水色の猫のぬいぐるみのホルダーを携帯に着けていると、香織ちゃんからついたという連絡が来た。
「蒼、着いたみたいだよ」
「ああ」
カステラを頬張りながら蒼は答える。わたしたちは来た道を戻ることにした。
ああ、緊張するな……服装変になってないかな……すごく気になる……。
そんなわたしの不安を感じ取ったのかはわからないけど、蒼がわたしの方を向いて励ましてくれる。
「かわいいから大丈夫だよ、いつも通りでいいんだ。そしたら、勝手に咲葵の魅力が伝わるよ」
「蒼……」
わたしは蒼の顔を見つめながら声を漏らす。蒼は前を向き直ると言った。
「どんだけお前を見てきたと思ってんだ」
しばらく歩いていると、人ごみの中からいきなり、香織ちゃんと樹くん、バスケ部のみんなと出会った。自然と樹くんへと目線がいく。一瞬視線が合うがすぐにそらされてしまった。
そうだよね……で、作戦……作戦わたし聞かされてなくない⁉
わたしは全力のぴえん顔を蒼に向けて、何とか意思を伝えようとするが、こちらを見てくれない、ぴえん。
「蒼丁度いいところ、付き合って欲しいことだあるんだけど」
香織ちゃんは一言そう言うと、前に出て蒼の手を握って人ごみの中に紛れてしまう。
え?え?ええええええ!
すると、他の部員のみんなが「俺たちはいない方がいいみたいだな」、と言って、樹くんを置いてどっか行こうとする。「おい、お前ら」と止めようとする樹くんの言葉を遮るように「いいって、いいて」といって、みんなでどっか行ってしまった。
わたしと樹くんだけがこの場に取り残されてしまう。無理矢理感があるこの現状にわたしは居たたまれない気持ちになる。
樹くんに合わせる顔ないよ……。
下を向いたまま顔をあげれないわたしに樹くんは近づいてくる。何かを言われる覚悟はできていたが、体が強張ってしまう。
樹くんはそんなわたしの両肩に優しく手を添えた。
「顔上げて」
やさしい声に恐る恐る顔を上げる。涙目になってたかもしれない。樹くんは真剣なまなざしでわたしの目を見ていた。そして、ゆっくりと顔を近づけてくる。わたしは、びっくりして動けなかった。唇が触れるか触れないかの距離、樹くんの鼻息がかすかにかかる。
そして、少しして顔を引くとわたしの手を握る。
「咲葵は何も聞いてなかったんだよね」
「うん」
「なら僕と一緒だ」
そう言うと樹くんは下ばかり向いてるわたしの手を引っ張った。
わたしは樹くんの体に正面からもたれかかり、樹くんは抱きしめるように優しく受け止めてくれる。顔を上げるとすぐ近くには樹くんの顔があった。
「僕と一緒に回ってくれない?」
「……はい」
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