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13話 蒼の気持ち
「うわ、うまそうだな香織」
「なに」
私は隣にいる蒼に聞く。
「やきそば」
一緒に屋台を回っていた蒼はやきそばの看板を見つけると、私の質問に指を指して答えながら匂いにつられ列に並ぶ。
買ってきた蒼は目を輝かせながら、フードパックに入った焼きそばをもち上げて見せてくる。
「歩きながら、食べれないけど」
「たしかに」
「こっち」
私は蒼を置いて先に歩き始めた。なるべく隣にいたい気持ちと隣にいてはいけない、意識してはいけない。そんなちぐはぐな気持ちの表れだった。
蒼は小走りで近づいてきて、私に並ぶ。
ベンチについた私は少し端っこに座った。すると、蒼は詰めて座ってくる。蒼はフードケースを開け、中に入っている焼きそばを口に頬張った。
「うま……香織も食べるか?」
え、箸一つしかないでしょ……。
戸惑っている私に蒼は、箸と一緒にフードケースごと渡してくる。
「うまいから大丈夫!あ。無理に食わなくてもいいぞ」
蒼は言い終えると私の返事を待たずに席を立ち続けて言った。
「トイレ行ってくる」
駆け足でどこかへ行ってしまった蒼。私は蒼から受け取ったこの焼きそばと箸をしばらく見つめた。それから決心して焼きそばを口に運ぶ。
だめ……意識しちゃう……でも……でも?私なんで意識しないように…………そう、私は蒼が好き、ずっと好きだった。咲葵が恋をしてるのになんで私が恋をしてはいけないの?それは…………。
違う関係ない。私は誰が好き?蒼が好き。私はどうしたい?蒼と付き合いたい!
「ただいまって、結構食べてんじゃん」
「遅かったから」
半分以上なくなっている焼きそばを膝に置きながら、私は言った。
「飲むだろ?」
ペットボトルに入った水を蒼が渡してくれる。
「ありがとう」
「いいよ、ついでだから」
のどが渇いた私はペットボトルのキャップに力を入れる。簡単に開いた。蒼が緩めてくれている。
私は水を飲んでから、思い出したように膝の上に置いていた焼きそばを蒼に渡した。
「もういいのか?」
「いい」
食べ終わった後、蒼はスマホをみていた。私は蒼に聞く。
「蒼は好きな人いるんでしょ、好きな人と来るべきじゃない?」
蒼は夜空を見ながら少しの沈黙の後口を開いた。
「前も行ったけど叶わないからだよ」
「相手にはすでに恋人がいるってこと?」
私は蒼が嘘をつかないことを知っている、その気持ちの答えも知っている。
蒼は嘘つかないでしょ……私は逃げない、受け止める。私は素直になるって決めたの。だから…….蒼はどうなの?
「いや……だけど、すきな人がいる、その人に向かって頑張ってるんだ」
「でもそれが、諦める理由になる?」
どうして、なんで……本音を教えて、あなたの気持ちを教えて。蒼の事もっと知りたいの……。
「好きな人には一番幸せになって欲しいんだ……それが俺じゃなかったってだけの簡単なことだよ」
わからない。なんで?なんで!
「なら、あなたが幸せにすればいいじゃない」
「もしダメだった時……今までの関係がすべてなくなってしまうかもしれないだろ。それに……俺じゃなかったとしても、結果は同じじゃないか」
なんで……。
その時、ピュ~と高い音と同時に光の球が上っていく。私たちは揃ってその光を見つめた。その光は空高くまで登ると、音と一緒に消えた。そして、すこしの静寂の後に、爆発音と同時に花火が開く。それから次々と花火が打ちあがっていった。
「なんだかんだ、二人きりで見るのは初めてかもな」
「そうね」
そんなたわいのない会話をしながら二人はしばらく、花火に見入っていた。すると、ブブっと、スマホの振動が体に伝わる。ポケットから取り出し内容を確認すると、咲葵と樹くんからだった。
先に咲葵の連絡から確認する。
『変な人たちに絡まれちゃった……怖い』
私は急いで樹くんからの連絡も見た。
『連絡した通りもう少ししたら僕は帰るよ。あとは、香織に任せるから』
咲葵の連絡は今だけど、樹くんの連絡は二十分も前から来ていた。
私は立ち上がると急いで蒼に伝える。
「樹くんが帰った。それに咲葵が……」
丁度蒼にも通知が来てたのか、スマホを確認していて私の声に反応はない。
蒼は急いで立ち上がると、四方を確認しながら駆け出した。
「待って」
私の声が聞こえてないのか、蒼は人ごみの中に入っていく。そして、私を置いてどんどん一人で前に行く。私も必死に蒼の背中を追いかけた。
場所わかってるの?そんなにがむしゃらに探したって……。
蒼は私なんて見ていなかった。振り返ることもなく……ただ咲葵のことを一途に思い続けていた。どんどん離れていく蒼の背中を見て、一切振り返らない蒼の姿を見て、この時私は悟った。蒼の好意が私に向くことはないのだと。
蒼はしばらく進むと、人通りから少しずれた街路樹の根の上を走り少しくぼんでいるところで止まった。
私も遅れてそこに追いつく。息をきらしながら前を向くと、男三人に取り囲まれている咲葵と、それをかばう様に割り込んでいる蒼がいた。
「なんだよいきなり、お前」
「こっちは楽しく話してたんだよ」
そう言って、一向に開放させるつもりのないガラの悪い男三人。
「蒼……」
「ごめんな」
蒼は咲葵にしか聞こえない声で、小さくいった。
「ううん」
咲葵は震えを隠しながらも、下を向きながら小さく首を振った。
蒼は、咲葵の手を握ると何もしゃべらずに、男たちの横を強引に通ろうとする。
「キャッ」
咲葵の声に反応して、蒼は振り返ると咲葵の腕を男の一人が掴んでいた。
「あ?変な声出してんじゃねえ」
咲葵の腕を掴んだ男が咲葵にこぶしをふるった。蒼は、もう片方の手でその男のこぶしを掴む。
「おい。何してんだよ。手はなせよ」
蒼は低い声で相手の手を強く握り威嚇する。消して大きな声ではないけれど、明らかに怒っていた。
私は直ぐにスマホを取り出し男三人に見せびらかすように耳にスマホを当て電話をしているふりをする。
「おいやめとけ、早く離れんぞ」
咲葵の腕を握っている男に、私と目が合ったもう一人の男が耳打ちする。
男は咲葵の腕から手を離しす。
「早く行こ、離れよ」
咲葵は蒼の腕を引っ張りながら小さい声で言った。それに続いて、三人組は罰悪そうにその場から離れていった。
私の元に近付いてくる咲葵にすぐに声をかけた。
「ごめんなさい、大丈夫だった?」
「うん、電話はよかったの?」
「これは、電話してるふりしてただけ」
「ああ、ありがとう。そのおかげで何事もなく終わったからさ」
蒼の言葉に私は静かな声で言葉を返した。
「今はもう少し人がいるところに」
私の言葉に咲葵も蒼も黙ってうなずく。蒼は咲葵を安心させるように手を握り、たわいのない話を振る。咲葵は直ぐにいつもの調子で笑い、声に元気が戻っていた。
私はそんな蒼と咲葵を後ろから見つめていた。二人はお似合いだった。私が出会う前から二人の関係は出来上がっていた。私に入る隙間なんてないと思っていた、だから私は、この恋を心の中にしまうことにした。でも、咲葵が樹くんに恋をしたと言って、答えを出していなかった、蓋をしていた自分の気持ちを、嫌でも思い出す羽目になった。諦めることもできなかったから。こうなったんだ。
明らかに蒼を意識してからあたしは積極的に咲葵の恋を手伝うようになった。咲葵が樹と付き合えば、寂しくなった蒼の心を私が埋めて振り向いてくれるかもと期待したから。
ねえ、蒼は諦めたの?
少し前を歩く蒼、楽しそうに笑う蒼。好きだったからこそわかってしまう。私といるよりも楽しそうにしていた。すごく幸せそうな顔をしていた。私は本当に蒼が好きなんだ、大好きなんだと改めて実感した。相手にも好きな人がいても、私を向いて欲しい、私のことを好きになって欲しい、そんな気持ちがすごく自己満足で酷く醜くの感じてくる。その自分勝手な気持ちのせいで咲葵にとても怖い思いをさせてしまった……。
その時、理解できなかった「好きな人には一番幸せになって欲しいんだ」という蒼の言葉が脳内に流れた。
……。
…………。
あーあ、わかっちゃった……蒼の気持ち。
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