14話 真っ直ぐ進む咲葵と文化祭

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14話 真っ直ぐ進む咲葵と文化祭

 夏休みはあっという間に開け、学校が始まる。咲葵とはあの一件以来、気持ちを整理させるためにあまり話せてはいない。学校生活をしばらく送っていると文化祭の準備が始まった。  私たちのクラスの出し物はお化け屋敷になった。毎日、最後の授業が文化祭の準備に充てられる。  お化け屋敷の準備のために普通の教室よりも大きな教室を二つ使い、窓や壁に黒い布をたらし、なるべく光が差し込まないようにする。私たち女子は窓に段ボールを張り付けていった。意外と大変だった。  男子は机を積み重ねて固定し、そこに黒い布をかけ壁を作る。準備は順調に進み何とか完成させることができた。  文化祭前日の放課後、体育館を普段使っている部活動の生徒たちは、舞台のセットが仕事だった。蒼はサッカー部なので外の飾りつけ、私はバスケ部なので体育館の飾りつけ。 その他にも体育館を使うほかの運動部の人たちがたくさん手伝いに来ていた。劇や楽器、ステージのセットなど、皆で協力して準備を行う。  文化祭の準備は無事に終わり、バスケ部の今日の活動は終わった。帰り道が同じ私と樹はいつものように一緒に帰る。 「今更だけど、この前の事謝っとく。面と向かって謝れてなかったから、ごめんなさい」  祭りの時のことだと理解してくれていた。 「いいよ。何で改まって……」  私はまだ少し明るい空を見つめながら言った。 「もう、咲葵を手伝うのはやめる」  少し驚いたように見つめてくる樹に私は続けた。 「あなたが恋しないのは自由だけど、亡くなった彼女のために恋をしないのなら、それはただの傲慢」 「……」 「好きな人のために頑張ることにしたから」 「……」 「だから、三年間一緒にいた仲だから言っとく。彼女のためにも……自分のためにもちゃんと向き合って」 「それで……」  弱々しく口に樹くんの言葉が続くことはなかった。 「大丈夫……絶対に大丈夫だから」  そのあと、私たちは何も話さず帰った。不思議と気まずくはなかった。地面を蹴るその足はいつも以上に軽い。夏の夕暮れの風が心地よく吹き抜け、心のしこりをふき取ってくれたかのように清々しかった。  蒼。私はあなたと同じ選択を取る、好きな人には幸せになって欲しいから、咲葵を蒼に振り向かせる。  文化祭当日、最初の受付を頼まれていた咲葵に私と蒼が声をかける。 「お願い」 「頼んだぞ」  咲葵は私と蒼に元気よく手を振りながら言いった。 「うん、楽しんできてね!」 「香織はどこか行きたいところとかあるのか?」 「蒼は」 「俺はとりあえず全部かな」  蒼の返事を聞いた私は少しだけ蒼の前を歩いて、一番近くにある出し物をしている教室に向かった。 「もうすぐ上映になります」  教室の前にたっている受付の女子生徒が教室の中へ案内する。中に入ると、お菓子売りの少女ならぬ、集金のコスプレをした女子生徒が映画代を集金していた。私も蒼も、その女性にお金を渡し上映を待った。  まだ、少し時間がある様子だったので、私は小さな声で蒼に声をかける。 「言っておかないといけないことがある」 「ん、なんだ」 「もう、咲葵を手伝うことはできない……」 「この前の、結構強引だったからな」 「……」 「でも、今まで本当にありがとな、充分助かったよ」 「なんで、蒼に感謝されるの」 「細かいことはいいんだよ。咲葵にはもう言ったのか?」 「朝に」 「そっか」  そんな話をしてる間にも、人がたくさん入ってきて会場は満員になっていた。  映画を見終えた私たちは、たわいのない会話をしながらいろいろなクラスの出し物を回った。順番にクラスを回っていく中、蒼が声に出して読み上げるクラスがあった。お化け屋敷に並んで人気な出し物になるであろうと噂されている、VRアトラクションパーク。  このクラスは、樹くんがいるクラスでもあった。 「どうぞどうぞ、楽しいアトラクションがたくさんありますよー!」 「そこのお似合いなカップルさん!」  中から出て来たこのクラスの男子生徒二人組が私たちを呼び込みに来る。 「わかったから、そのかわり俺たちのお化け屋敷も来いよ」  蒼はそう言って、促されるように入っていった。  他の人たちにはカップルに見えてるんだ……なんで蒼は否定しなかったの?  蒼はそんな私の心情を知るはずもなく、ただVRのアトラクションを楽しもうとしていた。 入ると同時に、私には女性、蒼には男性がVRゴーグルをセットしてくれる。すると、解説が始まった。 「視界に見えている白い枠からは出ないように注意して下さい。ステックを振ると球が飛んでいきます。この弾を当てたら勝ち、当てられたら負けです。では、よーいスタート」  そんな掛け声と同時に、視界の先にスタートの文字が出る。そのさらに奥に灰色のアバターが現れる。その灰色アバターは、手を振って声をかけてくる。 「おーい、香織かー?見えてるー?」  どうやら、蒼だったみたい。私も返事の代わりに、蒼に向かって球を投げた。少しゆっくりなオレンジ色の球が蒼に向かって飛んでいく。 「おおい、いきなりかよ」  蒼は驚いて声を上げながらも、姿勢を崩して何とか回避する。そんな反応に外野からの笑い声が聞こえてくる。  慣れないVRで動き回るのは難しいし、何よりも少し怖い。私はがむしゃらに腕をぐるぐると回した。それによって出てくる黄色い球は徐々に蒼を追い詰めて当てることができた。視界の少し先にWINという文字が現れる。すると、先ほどVRゴーグルをセットしてくれた女性が声をかけてくれる。 「お外ししますね」  すごく楽しかったけど、意外と疲れた。私と違い蒼はまだまだ元気そうだった。  すると蒼は私に近づいてきて愚痴るように小さな声で言う。 「おれ、一発も投げれなかったんだけど」 「残念」  私も静かに返し次のアトラクションへ移動する。視界の先には、荷台をダンボールでコーティングしているものが見えた。  すると、VRゴーグルを付けてくれた人たちが質問をする。どうやら、最初に対応した人が専属になるようだった。 「ご自身のイヤホンはお持ちですか?」 「はい」  私が答えると、お付けします。といい、VRゴーグルをつけてくれる。 「イヤホンを耳にお付けください」  私は言われるがまま、イヤホンを耳に着けると、イヤホンジャックがVRにつなげられた。そして、その女子生徒が私の体を支えながら慎重に、移動をさせてくれる。VRの視界には何も映像が映っておらず、真っ暗だった。 「足を上げてください。あ、もう少し」  私は、少し不安定な荷台の上に乗った。 「座ってください」  いわれるがままに荷台の中に座った。周りの段ボールを照す荷代わりに掴む。する、視界に映像が映り、イヤホン越しから説明の音声が聞こえる。 「VRコースターお越しいただき、ありがとうございます。激しく揺れる場合がございますので、深く座って、手すりなどにおつかまりください」  視界の先には、森が広がっていて、私はどうやらトロッコに乗っているようだった。私はスタッフの人に手を掴まれると、鉄パイプの手すりの方へと手を移動させてくれる。 「準備はよろしいですか?よろしかったら手を挙げてください」  私は手を上げると、トロッコが動き出し、乗っている荷台が少し動き始める。耳からは、トロッコの加速する音と自然の音が聞こえる。すごい臨場感で、私は完全にその世界に入り込んでいた。  加速するトロッコはレールの上を物凄いスピードで移動する。草原エリアに出ると、いろいろな動物の目の前を過ぎていった。レールは空へと延び、トロッコも空へ向かって進んでいく。  スピードは落ち、ゆっくりと一定の速度で登っていった。私自身も本当に傾いているようだった。鳥よりも高く昇っていき、雲の上に出ると夜空が広がっていた。レールはまだまだ上へと一直線に伸びている。それから空が少し明るくなり彼方に朝日が見える。すると、トロッコがガクッと音を立てて大きく揺れた。前方をよく見るとレールが途切れていた。それでもゆっくり上がっていくトロッコ。私は少し体が強張り、鉄パイプを握る手に力が入る。その鉄パイプで、これは映像と少し安心した。しかし、次の瞬間大きく揺れたトロッコは真っ逆さまに落ちた。 「キャッ」  反射的に声が漏れる。体には風があたり、しばらくすると始まりの森のレールの上にキレイに着地し視界は真っ暗になった。 「以上です」  聞きなれた女子生徒の声が聞こえVRを取ってくれる。私は、立ち上がり荷台から降りてからイヤホンを受け取った。足は少し震えていた気がした。私は蒼と一緒にお金を払ってから、教室を出て、お互いに声を漏らす。 「いや、意外とすごかったな。めちゃくちゃ楽しかったな」 「トロッコは……凄かった」 「落ちる所で声出しちゃったよ」 「私も」  本当に楽しそうに話している蒼の姿を見れて、何よりも一緒に遊べて楽しかった。私は一度スマホを確認してから蒼に言う。 「そろそろ私たちの番」 「もうそんな時間か、咲葵くたびれてないかな」  私たちの帰り道は行きよりも明らかに、人ごみが増していた。  自分達の出し物のお化け屋敷の近くまで行くと、長蛇の列ができている。 「うわ、すごいな、大反響じゃないか……」 「一般の人もだいぶ増えてきたしね」  受付に来ると、咲葵が出迎えてくれた。 「「おつかれ」」 「おつかれだよ~、凄い反響なの」 「そうみたいだな、凄い列になってたぞ」 「交代、楽しんできて」  咲葵は立ち上がると言った。 「ありがとう二人とも」  咲葵は明らかにVRアトラクションの方へ歩きながら、振り返って手を振ってくる。 「楽しんで来いよ~」 「うん!」  蒼も手を振って見送った。 「じゃぁーやりますか」 「ええ」  私たちは関係者用の入り口から、お化け屋敷に入る。そして、小さな声で一人の男子生徒に声をかける 「受付交代、お願い」 「わかった」  そういって、その生徒は部屋から出ていった。
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